講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


11.まとめ


「弱い個人を柔らかく結ぶ絆」と「利用の構想力」
表題の二つの言葉は、ここ数年来居住環境について考える際に必ず頭をよぎる言葉です。「弱い個人を柔らかく結ぶ絆」は、この「ライフスタイルと住まい」の取材の中で、西川祐子先生が今後の家族の行方に思いを馳せながら語られた言葉ですし、「利用の構想力」の方は、コンバージョン研究以来、次代の居住環境形成の原動力を表現するものとして私自身が繰り返し用いてきた言葉です。そして、今回対象とした「ゲストハウス」なる新しい居住形態は、私の頭の中でまだまだ抽象的なままだったこの二つの言葉に、具体的な用例を指し示してくれるものでした。

この具体的な用例を見て、類似のものとして私の頭に真先に浮かんだのは自分自身の職場、大学の研究室です。私の研究室には現在約30名ほどの学生が在籍しています。日本人もいれば外国人もいます。卒業論文生もいれば社会人経験を持つ博士課程の大学院生もいますから年齢層は概ね22〜35歳程度。在籍年数は10年近くになる人もいますが、卒論だけの人は1年、修士で社会に出る人は2〜3年と、比較的短いサイクルでメンバーは新陳代謝していきます。彼らが、ミニキッチン、コピーブース、ソファコーナー、ちょっとした打合わせスペースを共有しながら、狭いながらも個々の研究スペースを確保している様は、ゲストハウスに重なります。今回あるゲストハウスの大家さんに会いましたが、清掃等日常管理を行いながら、時に居住者との呑み会を主催するとのことでした。居住者同士の良好なコミュニケーションの促進に役に立てばというその思いは、学生との呑み会を催す際の教員の気持ちと同じです。また、そのことが大家さん自身のある種の生き甲斐になりつつある様子も私の立場と似ています。

大学の研究室の場合、そこでの1〜数年の付合いは短いとはいえ、結局多くが長い期間に亘って帰属意識を共有することになりますし、生涯の友を得ることも少なくありません。弱いかどうかは別として、柔らかな絆で結ばれた個人同士がゲストハウスでの同居を通じてそのような豊かな人間関係を実らせることも十分に期待できると思います。若者の範囲に留まらない展開の可能性を感じさせるなかなか面白い居住形態です。

ところで、「利用の構想力」ですが、こちらの方は、ゲストハウスの多くが使われなくなった既存建物を巧妙に改造して実現されているという事実に十分現れています。実に今日的な現象だと思います。研究室の方は大学構内に与えられた部屋を使っていますが、ゲストハウスのあり方を参考にするならば、既存ストックを利用する形で都市の中に出て行く将来も十分に考えられそうです。

(松村秀一)



以前,マチヤド(町宿)というものを提案したことがある。都市らしく身軽に住むためには,各住戸が過剰な設備をもつのではなく,寮や宿泊施設のように,ある部分については共用する型が現代でもありうるのではないかと考えたのである。ゲストハウスは,敷金・礼金がなく,保証人がいらず,家具等を持ち込まなくてもすぐに生活できる。水回り等は共同だが,それが故にそこそこの社会的接触も可能である。私があったらいいなと考えていたものに限りなく近い。

日本でも初期の集合住宅は様々な共同施設・共用空間を持っていた。しかしその後の集合住宅の歴史は共用部分の衰退の歴史といってもよい。計画者や建築家から様々な提案はあったが,現実に建つ一般の集合住宅に関する限り,個人所有とプライバシーの徹底が進み,その典型がワンルームマンションである。ルームシェアが流行ったり,高齢者向けのグループリビングは生まれたが,それはあくまで例外であって,所有とプライバシー絶対視の風潮は変わらぬものと思い込んでいた。

ゲストハウスはそうした状況と固定観念を軽々とくつがえしてしまっている。その背景には,若い人達の海外での居住体験や意識の変化もあるのだろうが,一番注目すべきは,北川さんが,供給側ではなくユーザー的視点の中から,都市における居住の「価値」と,運用も含めた具体的な「型」を明示化し,マーケットを生み出していることである(ひつじ不動産のウェブは実によく考えられているので,ぜひご覧いただきたい)。前回の東京R不動産の馬場さんに続き,まさに松村さんのいう「利用の構想力」のよい例であると思う。

それにしても,まさかこのような形であっさりと,都市の賃貸住宅の新しい型が成立し流通するとは想像できなかった。長生きはするものである。

(鈴木毅)



今回伺った話で一番気になったのは,ゲストハウスの賃料と居住期間のことである。マンスリーマンションの賃料と比べると,ゲストハウスの賃料はかなり安いが,普通の賃貸アパートとはあまり変わりがない。1,2ヶ月の短期居住であれば,需要の高いマーケットだと思うが,中・長期の居住となると必ずしもコストパフォーマンスが高いとも言えず微妙なところである。しかし話を伺うと,2,3年以上の中・長期の居住者も結構多いということなので,普通の賃貸物件に住むこととは違う新たな価値をゲストハウスに見出しているということなのであろう。その価値の一つと思われるのが,居住者同士のコミュニティを育むリビングルームの存在である。普通の賃貸物件では,居住者同士がバスやトイレ,キッチンなどを共有することはあっても,集まって団らんする為のリビングルームはまず存在しない。インターネット時代に入り,自分の仲間以外の他者との関わりを嫌うと思われる現代において,他者との繋がりを評価しているということは非常に面白い現象である。また,管理運営上においてもリビングルームがあった方がよいという点は面白い。居住者にとって居心地のよいゲストハウスをつくる為には,ゲストハウスを運営する者と居住者たちとが定期的に話し合う場をもつことが重要なのであろう。コミュニティールームとしてのリビングルームの重要性を見出し,インターネットを介して人と人とを実空間で結びつけるこの様な新しい仕組みをさりげなく完成させてしまったひつじ不動産には脱帽するしかない。

(西田徹)




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