講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


9.まとめ


「ライフスタイルを支える地域居住産業」。今回の取材後に真先に頭に浮かんだのはこの言葉です。

都会を離れ、家庭菜園づくりに慣れていなければ持て余すような土地を与えられ、近所に知合いもいない、しかも冬には相当な積雪のあるこの場所で新たに暮らすということは、そうした場所での暮らしに憧れていたとしても並大抵のことではありません。個人の覚悟だけではどうにもならないことがあります。少なくとも初期の数年間は、地域を知り尽くした誰かの支えが必要な筈です。今回何軒かの家を訪ね、その必要性をリアルに感じることができました。そして、今回のプロジェクトではその仕掛け人である地域の工務店、辻野さんたちが新しい居住者の方々を支えているのだと理解しました。

それぞれの人が自分らしいライフスタイルを求めて居住地を選択する時代には、地域の工務店は従来の「建設業」ではなく、ライフスタイルを支える「地域居住産業」という位置付けのものになることを目指すべきではないかと漠然とは思っていましたが、今回の辻野さんたちの活動を見てその思いが確信に変わりつつあります。

最後に、とても象徴的な辻野さんの家の話。少し大きめの住宅ですが、それはそれとして、ペットが数頭の山羊だということ、自宅にギター職人の工房が併設されていること、そして道を挟んだ向かいにはやはり辻野さんの手による建物にデイケアセンターとグループホームが入っていること。まさに、ライフスタイルを支える地域居住産業の経営者の自宅かくあるべし。

(松村秀一)



シンプルだが存在感のある住居デザイン,開放的で居心地のよいインテリア,窓の外に広がる北海道の風景,そしてここに意志をもって移り住んだ住まい手。このウェブのテーマであるライフスタイルが「目に見える形」になって存在しているというのが,岡田さんのお宅の第一印象であった。この住空間・地域と生活の対応は,簡単に生まれるものではなく,その背後には,ご夫婦での価値の共有,20代の時からの入念な準備と確固たる意志があり,それに加えて辻野さんの田園住宅プロジェクトのサポートの役割もたいへん大きい。

人間は社会的動物である。自分達で十分準備した移住計画であっても,社会的つながりのない所で新しく暮らしをはじめるのはなにかと心細いものであるが,田園住宅プロジェクトによって,岡田さんたちは価値を共有する先住者たちと ゆるやかな関係をもちつつ住み始めることができたのである。辻野さんの試みはテーマ的コミュニティの計画論として非常に興味深い。

ここに住まうようになって畑仕事をするようになられたという岡田さんのお話からは,再生エコハウスを実践し,実際に住み始めて意識や暮らし方が変わっていったと話された濱さん(第6回)のことを思い出した。意志によって選びとったライフスタイルであるが,環境との応答によって変わっていくものでもあるのである。

(鈴木毅)



地方都市は言うまでもなく,郊外住宅地も生き残りをかけて必死である時代に,その土地らしいライフスタイル・住まい方を提示できることはとても重要なことである。またそれが,住まい手を限定せず,全国に対して開かれているところに,北海道という自由な土地柄を感じる。辻野さんという縁の下の力持ちの存在も重要だが,岡田さんをはじめ,実際に移り住んできた人たちのフロンティア・スピリットに敬意を払いたい。軌道に乗ってきた今でこそ計画を理解できるが,更地であったならば,まるでユートピア思想であっただろう。

今回の調査で私の中にハッキリとしてきたことがある。新しいライフスタイルというものは,個人や家族単位で実現できる話じゃなく,価値観を共有する,他者との結びつき,そして,自然発生的な共同体が必要なことである。さらに,その共同体の様々なアクションが新しいライフスタイルの可能性を模索し,その土地に定着させ,持続性をもたらす。おそらくその際,共同体の規模や他者との距離感が重要な要素なのだろうが,このあたりは初めから辻野さんの頭の中に計画があったのではないかと思う。もちろん里山という概念も人々を結びつける重要なファクターであるのだが,とにかく無理をしていない。

この当別のプロジェクトが,新しい郊外住宅地のメインストリームになるかは謎だが,個人的にはとても共感できる。北海道に限らず,様々な土地で,その場所にあった自由度の高い小規模なプロジェクトが進行すれば,日本も変わっていけると思った。

(西田徹)




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