松村:
日本の郊外は、職場から帰って眠るための場所になっています。いわゆるベッドタウンですが、これは郊外が子育て環境として作られてきたことと深く関係しています。しかし、これからの高齢社会では、子育てが終わった後の郊外住宅地を考える必要があります。その場合、辻野さんが取り組んでいらっしゃるような田園住宅に一つの方向性があるように思います。
そもそも、どのようなきっかけで当別田園住宅プロジェクトを始めたのでしょうか。
辻野:
UR(都市再生機構)が開発した「あいの里」という住宅地が札幌郊外にあります。その一画に14件の戸建てコーポラティブ事業がありまして、最後の2棟を当社が施工しました。そのとき、こうしたコーポラティブ形式を農村型でできたら面白いのではないか、と考えたことがきっかけです。
まず良さそうな土地をシラミつぶしに探して、当別町の金沢というところに土地を決めました。2000年に最初の2棟が完成して、その後は年に1〜2棟のペースで建っています。これまでに10棟が出来上がっていて、今も2棟が建築中です。
松村:
きっかけとなったあいの里の「戸建てのコーポラティブ」とはどういったものですか。
辻野:
居住者募集の詳しい経緯は知りませんが、最初は14件分の場所だけが決まっていたようです。集まった方々は敷地割りから参加して、勉強会をしながら団地の中央に共有のアトリエ用地などを計画し、統一感のある雰囲気の街並みが作られました。
松村:
辻野さんが企画したコーポラティブも、居住希望者が集まって土地探しの段階から参加する方式を採られたのですか。
辻野:
そうするつもりだったんですが、結果的にはそうした方式になりませんでした。遠方に住んでいる方もいらっしゃって、一度に集まる機会を作れないんです。そこで、居住希望者に数名ずつ集まって話をしてもらいました。
現在では、居住希望者が実際の居住者に会う機会も設けています。年に2回ほど「住人集会」という田園住宅の居住者の集まりがあるので、居住希望者にはそれに参加してもらっています。
鈴木:
「戸建てのコーポラティブ」という形式は、よくあるものなんですか。
辻野:
あまりないですよね。集合住宅だと東京あたりではよくあるようですが。
松村:
アメリカでは戸建てのコーポラティブもあるみたいですね。権利形態の一つとして。ところで、辻野さんは北海道大学の建築学科で農村計画を専攻されていたということですが、その当時からこういったことを考えられていて、家業を継がれたのでしょうか。
辻野:
当時から田舎が好きで、それで農村計画を専攻したようなところはあります(笑い)。家業はたまたま継ぐことになったまでです。工務店の方は私で三代目ですが、その前身には大正5年から始まる辻野商店という雑穀商があって、そこからだと五代目になります。
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