講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


8.まとめ


どこでどう生きていくか

前回訪ねたふるさと回帰支援センターで伺ったお話、そして今回徳島の神山町と和歌山の紀美野町で見聞きした事柄から、こういう暮らしをしたい、ああいう暮らしをしたいということが明確になっていれば、今の日本にはそれを可能にする地域と建物がいくらでも存在するのだということがよくわかりました。問題は、どういう暮らし、まさにこのサイトがテーマにしているどういうライフスタイルを思い描けるのかということです。

人が思い描けるライフスタイル(ここではワークスタイルも包含しています)には一般的に限界があるでしょう。自分自身の親しい人のライフスタイルや、場合によっては小説や映画やTV番組等で興味を持ったライフスタイルの中から、自分のこれからのライフスタイルを思い描くための参考例を得ている程度でしょう。ですが、ライフスタイルにはそれを成立させる地域が必要ですし、地域によってかなり異なるライフスタイルの可能性が存在し得ます。そのことは今回の取材でよくわかりました。この観点からすると、これまでのところ個々の人にとっての参考例は非常に少なかったのではないでしょうか。

神山町や紀美野町に代表されるように近年移住者を迎え入れる体制が整い、現に移住者が増え、その地域で暮らす人々が自分の地域の得手不得手がわかってきたところが日本の各地で増えつつあるという今日的な現象は、人々が自身のこれからのライフスタイルを思い描く上での参考例を飛躍的に増やすのではないでしょうか。そして、こうした変化を経験しつつある地域は、少なくとも今回の取材の範囲では、それぞれに相応の経験を積み重ねており、かなり地に足の着いた形での参考例を十分に提供し得る状況にあります。今回私が確認できた最も重要なことはこのことだと思います。

今回見聞きした動向について私が考える問題の核心は、空家をどうする、過疎をどうするということではありません。もちろんそれも関係はありますが、この国で暮らす、しかもこれまでよりも長い年数暮らす人々が、一体これからのライフスタイルをどう思い描き、そのためにどこでどう生きていくのかということにこそあります。今回の取材は、それが大きくプラスの方向に変わるのではないかと予感させるものでした。そして、私自身、自分の将来のライフスタイルについてあまりにも考えずにいることに、はたと気付かされた取材でもありました。

(松村秀一)



神山町の取材はお昼からだったので朝関西を出発しても十分間に合ったのだが,せっかくなので前日に神山入りして,ネット情報と篠原匡氏の「神山プロジェクト:未来の働き方を実験する」(日経BP社,2014)をたよりに歩き回った。

日替わりシェア食堂の梅星茶屋,粟カフェ,2012年のアーティスト・イン・レジデンスに参加した出月秀明氏の作品であるHidden Library,COCO歯科,と巡って,えんがわオフィスのあたりをうろうろしていた我々に話かけて来られたのがなんと大南さんその人で,その場でプラットイーズの谷脇さんにご紹介下さり,オフィスと寄井座を見学・予習させていただくことができた。カフェ・オニヴァは残念ながらお休みだったが,神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックスでは、運営と新たに建設中の宿泊棟について樋泉さんに説明していただいた。

後で気がつくと「神山プロジェクト」に登場していた人物に順番に巡り会っていたことになる。この本に詳細に紹介されているとおり,また大南さんに色々教えていただいたように,日本のみならず世界を回ってきたアクティブな人達が,何か面白いことはないかとアンテナを張っていた人達が,神山を発見し,魅力を感じて徳島の山中に移り住み,彼らによって町が確実に変わりつつあるのだ。

一連のテーマ取材で,若い世代にとっても移住が一つの生き方として確立してきたことがよくわかったのだが,神山をみて感じるのは,それだけでなく,人々を引きつける地域の魅力とそれを支える戦略である。

アートを主題にして多くの自治体がミニ直島を目指して観光客を求める中で,神山は創作に訪れる芸術家をもてなすことで地域の評判と価値を上げてきた。人口減であっても,ただ人を呼び込むのではなく,町の将来に必要と思われる,お店,働き手,起業家を逆指名して受け入れている。また移住者に対して強い縛りはなく,そのゆるさが神山の魅力となっている。試行錯誤しつつの選択であったのかもしれないが,大南さん達とグリーンバレーのビジョンと戦略にはうならされる。

今年に入って,神山町,社会福祉法人佛子園が運営する西圓寺とシェア金沢,北九州リノベーションスクールと,今注目されている地域を相次いで見学することができた。いずれも明解なビジョンを持つ人々によって,これまでにない質の場・地域環境・活動が営まれており感銘を受けた。

以前は地方の見学というと,○○大学の□□先生の指導を受けて建設された施設とか,△△省の補助金制度によるモデルプロジェクトといった,専門家や行政主導の事例を訪れることが多かったのが,今やビジョンと戦略をもつ個人・民間・NPOによる意欲的な事例を訪れて学ぶことが普通になったのだ。

(鈴木毅)



前回と今回のヒアリングを通して分かったことが何点かある。移住を考えている人は候補地をいくつか挙げてその中から選択していること。若い世代や単身者も結構いるということ。地域の産業,たとえば,農業に就くことが必ずしも移住目的ではないことなどである。移住者サイドから見ると選択の幅が広がり,田舎もかなり移住しやすい環境に変わりつつあると言える。一方で,地元民がこの状況をどの様に感じているかは分からなかったが,少なくても新住民との間のトラブルを未然に防ぐための策が練られていることは分かった。いずれにせよ,間に立つ方々のご尽力でなんとか町内の人間関係が成立していることはよく分かった。

さて,移住を別の視点で考えてみたい。日本人と「食」との関係である。私たちが考えている以上に,日本人は「食」に関心とこだわりがあるのかも知れない。少なくても今回の調査で心に残ったのは「住まい」や「建物」の問題ではなく「食」に関係することばかりである。もっとも日常会話の中でも「食」に関する話題が圧倒的に多いような気がするので当然のことなのかも知れない。

まず,移住者へのヒアリングのなかで,田舎暮らしで困っていることの一番目に,「歩いて行ける範囲に飲み屋がない」ことがあげられたことである。確かに田舎には飲み屋は少ない。あったとしても徒歩圏内にはまずないだろう。これは今後の大きな課題である。次に,昼食をとった高台にあるパン屋さん。「ドーシェル」は神戸から移ってきたお店で,紀美野町をパンの里にした先駆的存在である。ここには眺めの良い飲食スペースもあり,レストランとしてもかなり繁盛している。パンの味は申し分なく,遠方からのリピータも多そうだ。さらに,紀美野町に移住を考えている人のための生活体験施設「木市(ぎいち)」には本格的なピザ釜がある。どういう理由でピザ釜が設置されたのかは定かでないが,イギリス人の移住者が作ったらしい。みんなで幸せそうに手作りピザを食べている光景が目に浮かぶ。最後に,残念ながら食べることはできなかったが,神山町のカフェ・オニヴァは地元の食材を使った南仏家庭料理のお店である。古い立派な民家を改装した洒落た建物が印象的で,店主のこだわりとやる気がファサードにあふれ出している。アクセスが良いので徳島市内からの需要もありそうである。例を挙げると切りがないが,おいしい食はどうやら,人と人,人と場所とをつなぐ役目を果たしていると言える。

ところで,移住を促進するには,まず女性の心を掴むというセオリーがあるらしい。だとすると,ここでも女性と食との関わりを意識して見直すことは重要と言える。たとえば,子育て中の母親は,子どもに食べさせる食の安全性にとても気を遣う。また,女性は外食することも大好きである。上記の例にあるように,美味しいレストランやパン屋などが近くにある方が,移住を促進するだろう。男性は,ロマンを追い求める生き物らしいので,畑仕事を任せれば良いだろう。

最後に,移住者と地元民の距離を縮めるアイテムとしても「食」の存在はあると思う。私が注目したいのは居酒屋のような施設である。一人でも家族でも,旅行者でも誰もが気軽に入って居られる場所ある。出来れば常連さんばかりでない方が良い。オープンでフラット,フレキシブルな関係が保てる場所になれば,移住者にとっても地元民にとっても居心地が良いだろう。そういう場所が実際にあるのかどうか分からないので,今後の私の研究課題にしたい。

(西田徹)




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