東京大学大学院工学系研究科建築学専攻 教授 大月 敏雄
郊外住宅団地の再生には、地域居住者が地域の未来に向けて知恵と力を出し合うことが求められている。八王子市めじろ台団地では講演会で、皆でまちづくりについて語り合う場をつくりましょうとお話したところ、2019年4月にまちづくり協議会がスタートした。そしてまちづくりには皆が目指すところを決める必要があるということで、まちづくり協議会において憲章をつくる分科会が立ち上がり、ワークショップでキーワードが集められ、「めじろ台地区まちづくり憲章」がつくられた。1人1人の発言をキーワードとして、憲章をまとめていくプロセスに大きな意味があった。
憲章をつくる一方で、具体のアクションを起こそうという住民の意欲があり、「駅前活性化」「多世代交流」「まち資源活用」などのワーキンググループが立ち上がり、活動を進めている。さらに「このまちいいよね」を外に積極的に発信するために、まちの比較的若い人たちが担い手となってホームページの作成を行っている。
イベントなどに、一旦まちから離れた息子・娘や孫、新しい人が来てくださり、その数パーセントでもこのまちに住みたいなと考えていただければ、まちが活性化する。そうした連鎖的な活性化の最初のボタンを押すということがとても大事となる。
企業にとっても、ビジネスを進める上で、住民と仲良くやる必要がある。大きな事業でまちの抜本的に変えていくこともできなくても、少しずつ扉を開け合うとか、譲り合って皆の空間をつくるといったことが求められていると考えている。
社会情勢変化の中で、住宅政策も転換期にある。住宅団地の第一の課題は、住民の方々の高齢化である。また、住宅団地建設当時は厳しい用途規制がかけられたところがとても多く、新しいサービスの導入や新しい住宅団地のあり方を考えるときに、この用途規制が妨げになるということもあろうかと考えられる。これからは新しい住宅を供給しなくとも、空き家が増える時代となる。カーボンニュートラルな事業でなければ投資しないということが世界的な潮流になりつつある。空き家と併せて、世界的な潮流や、省エネ・バリアフリーといった、新しい住宅ニーズを住宅市場でどのように受け止めていくかを考える必要がある。
住宅団地は空き家や老朽化といった課題はあるが、インフラや街並みの整った、優れた居住環境が形成されている。住宅団地には、知識や社会経験のある方々が住んでおられ、新しい方々と、住んでこられられた方々それぞれの活躍の場になると考えられます。団地再生の取組は行政・企業・専門家だけではできない。住宅団地にお住いの方々と行政・企業・専門家が再生について共に考える機会をつくり、新しい担い手を触媒として、化学変化を起こすようなことも期待できると考えている。
東京大学高齢社会総合研究機構 (IOG) では、既存住宅団地における少子高齢化対応手法の実証研究およびまちづくり認証制度に向けたまちづくり評価手法の研究を進めている。これまでIOGでは、UR団地のある地域を対象とする柏プロジェクトとして、日本の都市部の一つのモデルを構築した。このモデルを、日本全体でおよそ3,000箇所存在する戸建て住宅団地に対して展開する上で、URのような、事業者誘致などを取り仕切る主体がないことや、住宅を購入した人が終の棲家として固定化する傾向があることが課題となる。団地再生には、規制緩和など行政の支援が必要であるが、たくさんある団地のどれかだけを市町村が支援することは難しい。地域居住者と団地再生に必要な事業を行おうとする民間事業者が、高齢者ができる限り住み続けられ次世代が団地の住宅を住み継いでくれるようなプロジェクトを計画し、その計画が一定のマネジメントシステムとしての視点から評価・認証されることで、行政が支援しやすくなるという民間認証のスキームについて研究を進めている。将来は一連の手法をアジアの急速な高齢化に向けて海外にも発信したいと考えている。
郊外住宅地に関する研究が全国各地で進められ、課題は整理されつつありますが、一方で、実際に誰がどういうスキームで、持続性を確保しながら、プロジェクトデザインとマネジメントを担うのかは各地で模索されているのが現状と考えられます。「高齢社会とすまい・まち」プロデューサー小泉秀樹氏がメンバーの東京大学 先端科学技術研究センター 郊外住宅地再生社会連携研究部門 (郊外未来デザインラボ) では、3年間、郊外住宅団地再生について実践的な取組みについて検討してまいりました。今回のフォーラムでは、3年間の取り組みを総括しながら、①プロジェクト実施に対する合意形成やマネジメントの体制構築、②規制や行政の支援制度の活用、③事業スキームやビジネスモデルの確立などについての議論が行われました。
内閣府・国土交通省では郊外住宅団地再生をサポートする諸制度を設けています。一方で、住宅団地再生は総合的な取組であると同時に、団地によって再生の方向性が異なり、どこから手をつけていいか見えにくいところがあります。また、自治体によるマンパワーや課題認識の差が見られ、自治体内部においては様々な市街地がある中で資本投資が既に行われている郊外団地に取組む理由の説明が必要になります。明確な管理主体の無い戸建て住宅団地におけるエリアマネジメントは試行錯誤の段階にあります。郊外住宅団地再生には、国・地方行政の各部署が連動・連携するパッケージ化された仕組みや、地元から手を上げて自治体が後押しできるような仕組みなどが求められています。東京大学先端科学技術研究センターでは今後も、郊外住宅団地再生についての行政・民間企業・地元等の情報・意見交換を進めて行きます。
東京大学まちづくり研究室 教授 小泉 秀樹
特任講師 後藤智香子
特任助教 矢吹 剣一
都心で働く人たちのベットタウンとしての郊外のあり方が変化しており、郊外独自の価値に基づいた再生が重要となっています。郊外再生の論点として、再生を推進する主体・体制や、新しい働き方とライフスタイル・子育て・医療・福祉・住宅更新・周辺環境の活用などが考えられますが、さらに地域の再生ビジョンの共創が欠かせない論点となります。東京大学先端科学技術研究センターでは民間企業・行政と連携し、首都圏の4つの郊外住宅団地の再生に取り組んでいます。郊外再生にハウスメーカーなど民間企業が関わっていくことの意義は大きいと考えられます。そのためには行政からの、再生ビジョンづくりや、民間が関わりやすくなる仕組みづくりといった取組みが必要と考えられます。
コロナの影響により、都市と地域において、歩いて行ける範囲の場所の価値を高めると同時に、IoT・AI・ICTを駆使したコミュニケーションと生活支援を創出するスマートシティの構築がますます重要になっている。スマートシティには、行政や民間企業だけではなく、市民参加が必要である。郊外オールドタウンにおける投資がこれから起きていくためには、道路や学校や店舗の意味を変えていくこと、スマート化をインフラと進めて投資環境を整えること、市民参加型地域づくりの手段としてのスマート化を進めることの3点がポイントとなる。
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院 準教授 野原卓
高度成長期に開発されたニュータウン、しかし現在はオールドタウン化している住宅団地を再生するためには、住むだけではなく、起業・お母さんの働く場・テレワークなど地域ではたらく場であり、土日も地域で楽しむことのできる場、他地域からはたらき・あそび・買いに来る場である『NEW-NEWTOWN』として再編することが考えられます。横浜市の相鉄いずみ野線南万騎が原駅周辺の「万騎が原・みなまきエリア」では、「みなまきプロジェクト」を通した『NEW-NEWTOWN』構築の実験が進められています。
これからの郊外住宅団地はイノベーションと結びつき、郊外こそがイノベーティブになると考えています。そして上郷ネオポリス (横浜市栄区) での調査を通して、郊外住宅地の場合は、敷地割の多様性により、異なる住宅タイプや住宅機能・性能が適切な形でミックスされていることが、多様な居住者をひきつけるポイントと考えております。コミュニティを起点として地域資源を最大限活用し、必要とされる様々な社会活動や事業を、先端的技術も必要に応じて導入しつつ、多主体の協働によって共創する具体的方策が求められています。
大和ハウス工業営業本部ヒューマンケア事業推進部部長 瓜坂和明
上郷ネオポリス再生の取組みは、2014年1月の自治会内の窓口「見守りネットワーク」委員との意見交換から始まり、2015年には自治会内に「上郷ネオポリスまちづくり委員会」が発足しました。そして2019年にコンビニ併設型のコミュニティ拠点(お茶場)として「野七里テラス」を開設しました。これからのまちづくりには弊社と上郷ネオポリス自治会、東京大学、横浜市ががっちりとスクラムを組むことが絶対条件と考えています。これから多世代が住むまちとしての郊外の魅力をつくるためには、ハードだけではなく、そこに住む人のためのソフトサービスを整備していくことで、今住んでいる人の定着と同時に新しい人の転入を進めて行くことが必要です。
〇街並み・景観について
東大小泉教授:上郷ネオポリスで目指しているものは新しいライフスタイルが実現するまちづくりであり、住環境・景観を継承するだけではなく、新しく創り出していくことが必要だと考えています。
大和ハウス瓜坂部長:街並みを保存したいという方もおられますが、一方で相続したけれど持て余している方もおられます。この実態を見直すことで、まちの価値も上がると考えられます。
〇空き家の大量発生について
大和ハウス瓜坂部長:野七里テラスの道路を挟んで向かい側のところに、“なごみテラス”という我々が常駐する場所を、小さなお店を改修してつくりました。ここで空き家のご相談を少しずつ伺うようになっています
東大小泉教授:ランドバンク的な機能を民間事業者がモデル的に担って、他の投資を呼び込むきっかけになる取組みではないかと考えています。
〇リビングラボ
東大小泉教授:企業と住民がインターアクションを積み重ねて、新しい、面白い取組みを連鎖的に起こしていくことが、リビングラボ的アプローチと考えています。郊外住宅地の家賃の低さや空間の豊かさをうまく活用して、新しいサービス事業を創造する可能性があると考えています。
大和ハウス瓜坂部長:高齢者は我々以上の見識をもっており、本気になれば非常に大きな力を発揮します。バリアフリーも大事ですが、そうした生きがいを日々生きる糧として我々は重要視しています。
積水ハウス(株) 設計部東京設計室 部長 上井一哉
30年以上にわたって郊外型戸建て住宅地の分譲事業に関わった経験をふまえて、「まちづくりと高齢化」について考えてみたい。
建築家の宮脇檀さんの考えに基づいて計画・開発された① コモアしおつ (積水ハウス)、② 柏ビレジ (東急不動産)、③ 桜ヶ丘ハイツ (不二企業)を事例としてとりあげる。
コモアしおつはバブル期に開発され現在の高齢化率は13%程度であるが、サ高住や住宅型有料老人ホームが自然発生的に建設されはじめている。柏ビレジは開発から30年を経過し、買物等の利便性が問題だが、大学と協働し、住民サイドにも主体的な動きが出てきている。学生ならではの移動・物販に関するアイディアや空き家活用に関する面白い発想に基づいて、実証実験が開始されている。桜ヶ丘ハイツも、住民主体に「移動支援部会」や「お休み処部会」の活動が始まっている。
こうした住宅地の「生みの親」である事業者の反省点として、均質な戸建ばかりの住宅地を短期間に販売したため経年すると顕著に高齢化が進むこと、建築協定等で用途純化を進めたことが今になって仇となっていることがある。
「高齢者のつぶやきが聞こえない」「“あずまや”がほしい」「集まりの場がないのでお互いの声が聞こえない」「まちがどのように生まれ、育ってきたかを次の世代に伝えたい」等の住民の声に生みの親としてどう応えていけるのか、大きな課題である。
郊外住宅団地の実態と再生
大和ハウス工業株式会社ヒューマン・ケア事業推進部 瓜坂和昭
大和ハウスグループでは、人・街・暮らしの価値共創グループとして、“明日不可欠 (ア:安全安心、ス:スピード・ストック、フ:福祉、カ:環境、ケ:健康、ツ:通信、ノ:農業) の課題”に日々取り組んでいる。その中で、創業者の教えである「儲けるよりも世の中のためになる事業を・・」をふまえて、1970年代から全国各地の61カ所で開発した戸建住宅団地の再生に取り組んでいる。具体的には上郷ネオポリス (横浜市栄区) と緑が丘 (兵庫県三木市) の2カ所において住民や地元の行政とも連携しながら具体的な再生事業を実行中である。
上郷ネオポリスでは、5年前に40年ぶりに開発者として現場に立ち戻り、住民と一から関係づくりをするところから始めた。最初はネガティブな反応もあったが、現在では住民は自治会の中に「まちづくり委員会」を立ち上げ、大和ハウス工業は区や大学、その他企業等を巻き込んで「上郷ネオポリス協議会」を結成して各種活動を展開中である。住民の多くは70歳代にさしかかっており、この5年が勝負だと考えている。お茶場の開設、公園利用、分散型サ高住のじっつげん、若年層への賃貸事業、熟年層の生きがいづくり、廃校になった小学校の再活用などを実現しようとしている。民間企業としての次のビジネスとしてのフロー追求ではないストックビジネスを実現したい。
郊外住宅団地の実態と再生
国土交通省住宅局市街地建築課市街地住宅整備室室長 山下英和
国土交通省では2017年度に全国の郊外住宅団地の実態調査を行った。①昭和30年度以降に着手された事業、②計画戸数1000戸以上または計画人口3000人以上の増加を計画した事業のうち地区面積が16ha以上のもの、③郊外での開発事業 (事業開始時にDID外) の条件を満たす住宅団地は全国で2,866団地存在した。
2、866団地のうち約半分の1,468団地は戸建住宅のみの団地である。また、公的賃貸住宅を含む団地は507団地で公的施策が及びにくい民間団地、しかもその多くに戸建住宅が含まれるものが主流であることが判明した。
第二次調査では、敷地規模100ha以上の大規模団地を対象に、そうした団地の実態把握と高齢化予測を行った。多くの団地は経年するとともに高齢化率が急激に高くなり、今後多くの問題に直面しそうである。国交省では、①住生活基本計画、②「住宅団地再生」連絡会議、③住宅市街地総合整備事業住宅団地ストック活用型事業等を通じて、団地の再生に取り組む地方公共団体や民間事業者を支援していきたいと考えている。
東京大学高齢社会総合研究機構 (IOG)
ヘルスケアネットワーク(HCN) 研究会報告
東京大学高齢社会総合研究機構HCN在宅ケア部会リーダー 田中康夫
東京大学高齢社会総合研究機構 (IOG) では、地域包括ケアシステムを「まちづくり」として展開するために、多面的な取り組みを行っている。
地域包括ケアを実現するには、「健康づくり・フレイル予防」「生活支援 (見守り・相談・食事等)」「24時間在宅介護・看護サービス」「24時間在宅医療体制の整備」の4つのサービスが必要かつ重要である。特に今後重要になる在宅介護・看護に関して、「新型多機能サービス」や多職種によるアセスメントチームの編成等を厚労省に提言している。
また、今後急速に高齢化が進む大都市部を中心に地域包括ケアシステムを進めるためにIOGでは標準化を進めており、そのために地域包括ケアシステムの効果が地価等に具体的に見える化する仕組みなどを開発中である。
さかえ住宅環境フォーラムは、栄区・港南区・戸塚区の郊外住宅団地代表者や行政、学識経験者、まちづくり専門家などが集まり、より住みよいまちづくりを目指した、課題やまちのルールづくりを進めている。
1970年代に開発された郊外住宅地の多くは高齢化と若年人口の減少により、当初は想定していなかった買物施設や交通の利便性等に関する問題に直面している。ハウスメーカー等に望むこととして、①メンテナンスによる価値の維持・証明、②フェールセーフ設計、③チャイルドプルーフ設計、④定期的メンテナンス設計、⑤戸建て住宅団地のまちなみ整備がある。また、郊外住生活の問題点として、①福祉活動の担い手、②空き家問題、③高齢者のモビリティ問題、④若い人のまちへの参加促進等がある。
日本が世界一の高齢化国と云われて既に久しい。総人口に対して65歳以上人口率が25%超という状況は、かつてどの文明も国も経験したことのない事態である。また、日本の出生率は、これも世界の一、二を争うほどの低迷ぶりである。さらに、その結果として、今や人口減少は誰もが認める事実である。ちなみに、2014年6月の確定値で、前年同月から日本人人口は25.8万人も減少した。毎年、中規模都市が一つずつ消えていくような状況にある。
こうした中で、私たちは何をなすべきであろうか。というよりも、何ができるのであろうか。そうした視点で、今後のまちの持続と再生に向けた解法を考えてみたい。