講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


3.究極は「2つの玄関」を持つ住宅

松村 これから先は、「家族の形態」の多様化という現象だけではなく「1人という家族形態のライフスタイル」自体が多様化するのではないかと思います。 例えば4人家族なら間取りを考えやすいですが、極端な話、全員が1人世帯になると関係性がない。けれども、1人だからといって一部屋でよいというわけではないですね。 家族ではないところで多様化する質と、空間構成の対応関係があるのかどうかということだと思います。
小泉
家族の形態がどんどん小さくなり最終的に1人になった場合、その人の居住空間をどう考えていくかですが、その人のパーソナリティーそのものが住宅を規定することになるのではないかと思います。 その時にライフスタイルという言葉がクローズアップされてきます。

黒沢隆さんの論文『個室群住居とは何か』(都市住宅 1968年)で説明されている中に、個人に対応した個室が並んでいくというイメージを提案されていましたが、 一方で「社会全体が大きな一つの家族のようなものになってくる」ということも示唆されていた。 解体された結果「個」に帰着したとして、今度は「個」を束ねる「集団」という論理の方向があるのだと思います。
グループホームや老人介護施設などがその例だと思います。となると、どういう理屈で「個」を集めて、そして設計対象として扱っていくのかが問題になってきます。 今までの建築計画学の方法では施設の合理的な運用という観点で集まった「個」を扱ってきましたが、 それが個々人を尊重して異なるライフスタイルをどう活かしていくかという方向になってきていると思います。 ではそれに対応して空間がどのように変わっていくのかというと、単純化すると玄関が2つで階段が2つあるような住宅になるのではないかと思っています。 個の方向を向くときの顔とそれを補うときの顔、両方の顔に対してそれぞれの玄関があり、2階建てならば2つの階段を作ることで住戸内で動線をループさせるということです。 住宅はそういった方向に向かうのではないかという考えに至りました。

この考えは単純化しすぎとの反論を受けるかもしれませんが、玄関を2つにすることでかなりのことが解決します。 例えば介護の問題ですが、家族が在宅できない時に介護者を必要としても、他に誰もいないときに他人が入ってくることに抵抗感があります。 その場合、単純に介護者が入ってくるための入り口をつければよいわけです。この介護者のための玄関はいわば「個」の方を向いた顔であるわけです。

つまり、建築的な回答として「玄関が2つある」ことでかなりの適応性−アダプタビリティを持ちうるのではないかと感じています。

松村 「玄関が2つ」ということに関連して、我々のプロジェクトに「楽隠居インフィル」というものがありますが、 そこでは団地の和室一室を身体能力の落ちた高齢者が長く住まえるように改造することを意図し、介護者のためにも南側の、 本来出入り口ではない掃出しサッシのところをガラスの扉に変えて外部とつながる入り口にし、改造した一室には介護空間としての性格を持たせました。 その入り口は被介護者のコミュニケーションのためにも利用できます。

小泉 今まで住空間はパブリック、セミ・パブリック、セミ・プライベート、プライベート、というようなヒエラルキーを重視して作られてきました。 プライベートな空間は一番奥にあり、守られているけれども逃げ口がない状況です。 私はヒエラルキーを壊すことで様々なライフスタイルに適応できるのではないかと考えています。

松村 現在の暮らし方は昔のヒエラルキーと対応しなくなってきていますね。 大きな家では客と家族が出会わないようになっています。家父長制の空間構成でも玄関が2つあるということです。

鈴木 玄関が2つということは、本の中で言っている「クローズド・コモン」と「オープン・コモン」にそれぞれ一つずつということですね。それは外部に対する顔と身内に対する顔の2つがある、ということになりますね。

小泉 概念としては昔からあったものだと思うので、別に新しいこと言っているわけではありません。例えば、農家の縁側もそうです。

鈴木 その場合は縁側が「オープン・コモン」に面するということですね。

小泉 よく、「個室に至る動線はリビングルームなどの共用部を経由すべきだ」という議論がなされます。 子供の動向が把握できないから、それが引きこもりなどの原因になる、という理屈です。私はその逆の考えです。 例えばマンションなどで入り口近くにある個室を奥にあるリビングと逆に配置したとしても、これでは逆に監視の目を強化するだけで、問題の解決にはならないと思います。


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