ライフスタイル考現行


9.まとめ

故大野勝彦さんの「住宅=町づくりの方法」を思い出しました

 今回で、「ライフスタイルとすまい・まち」に二度目のご登場とあいなりました吉原勝己さん。前回ご登場頂いた時にお聞きしていたと記憶しています。吉原さんが親の代から引き継いだ複数の「空間資源」を「ビンテージ・ビル」として再生させ経営しておられる福岡市から、少々離れた久留米市で、「古い団地を買いました。面白い実験をしてみようと思っているんですよ。できるだけお金をかけずにコミュニティの力で家賃を上げられるようにするような実験です」という謎のお話は。

 そして、ついにこの謎の団地「コーポ江戸屋敷」を訪ねる機会に恵まれました。ただ、謎が解けたというよりは、一層謎が深まったという感じです。久留米にはエリア・マネジメントを中心に活躍する「半田ブラザーズ」がおられるという話は吉原さんから何度かお聞きしていましたが、何故か「コーポ江戸屋敷」でその半田兄弟が待っていて下さいました。「コミュニティ・デザイナー」として関わられているとのこと。また、1室だけ案内された部屋は、ここの外回りを中心に工事等に関わっていらっしゃる造園業の亀崎さんが中心になっている異業種集合型職人チームのシェア・オフィスだというのですから、またまた謎が深まりました。民間の古い団地に「コミュニティ・デザイナー」がいて、団地の一角には建築系の職人さんたちのシェア・オフィスがあるというのですから、「謎」と言って良いほどに、今までに聞いたことも見たこともないことばかりでした。しかも、この謎の団地経営が軌道に乗ってますます面白いことになってきていると、吉原さんが微笑むのですから。

 こういうのを時代の先駆けと言うのでしょう。デザインとある種のメディア機能を持った人がいて、しかも町に住む建築系の職人さんたちが自ら暮らしながらそれを支えるという「地域」像。これは、私の師匠だった故・大野勝彦さんが、1980年代初頭からそのメディア「群居」でずっと連載していた「住宅=町づくりの方法」の核心にあった「地域」の理想の姿です。(参考:大野勝彦著「地域の住宅工房ネットワーク−住まいから町へ・町から住まいへ」、彰国社、1988年)

 懐かしいけれど、未だ見たことのなかった「地域」の姿。その原型のようなものを、今回は21世紀の《大家精神》の体現者、吉原さんと久留米のお仲間たちに見せて頂いて、本当に嬉しい思いが致しました。

(松村秀一)



半田ブラザーズと職人さんがいる団地

「半田ブラザーズ」にお会いするのが楽しみだった。福岡のリノベーションミュージアム冷泉荘の「サンダー杉山」(紘一郎)さんのようなキャラクターを勝手に想像していたのだが、実際にお会いしてみたら、 たいへんさわやかな青年お二人である。階段室前の新しくデザインされたボードに掲示された「コーポ江戸屋敷便り」には、半田兄、半田弟、それぞれの写真付きの半田日記が連絡されている。管理人の日記が載っている掲示というのはみたことがない。彼らはこの団地の頼りになるコミュニティデザイナーなのだ。住民の用事をこなす管理人というより、ぶらぶらして入居者と交流することが求められているのが興味深い。

 今やリノベーション界の聖地ともいえる冷泉荘はじめ、新しいタイプの大家として、数々の面白いプロジェクトをまとめてきた吉原さんであるが(ライフスタイルを見る視点第43回参照)、久留米のこの地域での実践はそう簡単ではなかったようである。「リノベーションに取り組むと、空室が埋まる一方で続々と退去者が現れた」というのは深刻である。こうした中、付加価値を高める試みとして「ビンテージ団地カレッジ」(命名が良い)という勉強会が開催され、造園業の亀崎さんを始めとする職人チームがここを活動拠点にし、コミュニティの一員となっていったのである。

 そう。半田ブラザーズとともに、もう一つの特徴は、職人さん達の拠点があることである。住宅地に職人ということで思い出したのは、アメリカ、ワシントンDC郊外のグリーンベルトである。ニューディール政策で生まれたこの住宅地は、その後住民に払い下げられ、住民によるコープ法人が専門家集団(というか会社組織)「グリーンベルトホームズ」を雇っている。 住宅地の管理・修繕等を「グリーンベルトホームズ」が全て担っているのである。オフィスに住民のファイルや、専用の作業車が何台もあることを見学してたいへん感銘を受けた。コーポ江戸屋敷も、自分たちが住むところに専門家がいて色々相談できるのはなんとも心強いことである。

 手づくりパンの店とカフェがあるのはリノベーションの定番ではあるが、住宅地における飲食と居場所の提供として、居住者にとっても周辺地域にとっても喜ばれるだろう。新しいプロジェクトによって有益なものが提供されるのは、計画が周囲に歓迎される条件である。また、これらの店に面した建物の足元にウッドデッキが整備され、イベントスペースとして使われていることもなるほどと思った。団地の隣棟間空地の芝や土は、必ずしもイベントには適していない。アクティビティのためにはハードな面が必要なのである。

 派手な改修がされているわけではないが、地域の実態を読み、試行錯誤の中からコミュニティデザイナーと職人集団が加わった団地であるコーポ江戸屋敷。これからの新しい居住地のあり方をみせてもらった。

(鈴木毅)



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