1996年8月に2週間弱、隈研吾さん、編集者の真鍋弘さん、写真家の玉木興陽さんと4人で、アメリカのモダニズム建築、とりわけ住宅を訪ねる旅に出かけたことがある。最初は西海岸のロサンジェルス。そこでの主な狙いはかつてのモダニズムを代表する二人、ルドルフ・シンドラー(1887〜1953年)とリチャード・ノイトラ(1892〜1970年)だった。二人とも20世紀初頭にウィーンから大西洋を渡り、遂には西海岸に定住の地を見つけた建築家だった。ロスの市内及び近郊に数多くの住宅を設計しているが、戦前のものから戦後のものまで実に多くの住宅が残っていて、ごく普通に住まわれている。この二人の設計した住宅に限らない、グレゴリー・アイン(1908〜1988年)、ラファエル・ソリアーノ(1904〜1988年)、ピエール・コーニッグ(1925〜2004年)等々、ロスの他のモダニズム建築家たちの設計した住宅も同様である。
例えば、1996年の旅の際にノイトラの代表作である「ラベル邸(ラベル博士の健康住宅)」(1927年)を訪ねたが、その時は4番目の持ち主が住んでいらした。中古住宅流通している訳である。後で地元の不動産屋さんに尋ねたところ、それは当たり前で、上述のようなモダニズム建築家たちの設計した住宅は家賃や転売価格も高くなるとの話だった。多くの場合、歴史的建造物の保存という感覚よりも少しヴィンテージ建物の中古住宅流通という感覚に近いものだという印象だった。幸せな現実だと思った。
この1996年の旅以来、建て替え・新築が支配的な日本の住宅市場にあっては、ロスのような自然な形での建築文化の継承は起こり得ないと悲観してきたが、それが今変わりつつある。まだ小さな動きではあるが、住宅遺産トラストの活動とそれを頼りにする住宅所有者の方々の存在は、日本における時代の変化を感じさせてくれるものだった。底地の値段ではなく、上物の固有性を評価して取引が成立し、経済文化行為としての建築の継承と、ある人が憧れていた住まいとが実現していること。そのリアリティが何とも嬉しかった。
(松村秀一)
|