講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


5. 継承活動を続けるために
木下:  旧園田邸の継承者を探すため「昭和の名作住宅に暮らす」展を開催した際、「友人が葉山に加地邸という家を持っていて…」というご相談がありました。遠藤新の設計で1928年に竣工した別荘建築です。一般社団法人の設立に動き出したのがこの頃になります。
野沢:  設立当初の数年間は、決算期になると「来年度は事業を継続できないかもしれません」という報告が続きました。すると何故かポツンと相談が現れ、うまいこと活動が続いていく感じでした。その時に思ったのは、永続的な組織が存在して少なくとも常駐のスタッフが一人でも二人でもいることがとても大事だということです。保存のための嘆願書を出したりすることに意味がないとは言いませんが、きちんとした組織スタッフを持たないボランタリーな保存活動は残念な結果になることが多いのではないかと思います。そのためには少なくてもいい、続けられるだけの資金が必要なのです。トラストは継承のたびに幾分かの収入を得ています。木下さんと吉見さんが築いた信頼の上に、例えば不動産鑑定士の田村誠邦さんや弁護士の方などが専門的アドバイスをする。こうした相談者へのサポートにより、経費を賄うささやかな収入を得ているのです。今のところ住宅限定だから可能になっているのかもしれませんが、この点が他の保存活動と少し違うのかな、と考えています。
鈴木:  最近ですと吉坂隆正設計の「VILLA COUCOU」の継承を実現しましたよね。日本の戦後住宅の重要作品ですから大きな成果だったと思います。
野沢:  住宅特集2021年5月号に住宅遺産トラストを紹介した記事を書き、その中で5年ほど前から新しい風が吹き始めたということを書きました。実際、不動産屋さんから「変わった建物が建っている。どうやら建築家が設計したらしいので相談に乗ってほしい」といった問い合わせが来ることがあったのです。その中に谷口吉生さんの初期の住宅、「雪ヶ谷の家」がありました。彼らは古い建物を解体対象としか見ていないんだろうと思っていましたが、それもどうやら古い常識になり始めている。
木下:  宅建業者は、古家を壊して土地で売るというのが常套手段なので、建物を壊さずに売ってくれと言われても経験があまりないわけです。「雪ヶ谷の家」の場合、幸運なことに所有者に売却の依頼を受けた宅建業者さんが建築に造詣が深かった。谷口吉生さんの処女作で状態もよく素敵なデザインだったので、これは壊してはいけないと考え、住宅遺産トラストに相談して下さいました。



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