生活・ケアから住まいを考える
-介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅に期待すること-
2) 環境移行の負荷を緩和する工夫‐個人領域形成論
外山先生は、個人の居場所を確保していく人間の行動を個人領域の形成と定義しました。人は自分のテリトリーがあるから安心して生活できます。
時間をかけて自分らしい空間に設えていくことにより「空間」が「場所」
になります。
人間が身の回りの根源的なテリトリーを形成するときにモノが重要な役割を担います。新しい環境に家具やモノを置き、自分らしい部屋を作りこんでいくことで自分の居場所が再構築されていきます。また、高齢者の場合には、これまでの生活歴や記憶が詰まった「なじみの家具」を持ち込むことにより、生活や記憶を継承する事ができます。このような継続性により環境移行による負荷を軽減する事ができます。
そして、このような個人領域を形成する器として「個室」があります。個室は、多床室と異なり、壁で囲われていますので、モノを設置しやすく、モノの安全性も高くなります。
つまり個人領域を形成しやすい環境として個室が重要となります。
次に個室の外に広がる共用空間について考えたいと思います。共用空間に対する考え方として外山先生は段階的空間構成論という考えを用いました。
段階的空間構成とは段階的に人間関係が広がっていく空間構成のことを言います。
“プライベート領域”である個室を中心に、少人数の入居者で集まる“セミプライベート領域”、より多くの人数で集まる“セミパブリック領域”、地域住民など施設外の人と集まる “パブリック領域”と段階的に広がっていきます。このような段階性を持つことで人と人との関係性の構築が容易になりと同時に、多様な人間関係が構築されやすくなるという考え方です。
段階的空間構成をもった代表的な事例として「おらはうす宇奈月」(富山県黒部市) があります。「おらはうす宇奈月」は、ユニットケア型が制度化される前につくられており、施設内に段階的な共用空間が設けられています。特に顔見知りの関係ではあるが、お互いが過度に干渉しあわないセミプライベート領域が大事な空間要素となります。ユニットケア型が制度化されて以降は、ユニットという単位が固定化されてきますが、「おらはうす宇奈月」のように、少人数の関係が閉じていない(固定されていない)空間構成はこれからのユニット型に重要な考え方ではないかと思っています。
(2) ケア論と建築計画学の融合
1) ケアの実践者による新しい住まい方の提案
① 質の高いサービス付き高齢者向け住宅 (サ高住) の供給支援
高齢施設の居住改善はケアの実践者からも行われています。
グループホーム、ユニットケア、宅老所 (→小規模多機能型居宅介護)、富山型デイ、ホームホスピス
など実践者から新しい住まい方が提案されています。
グループホームは、普通の家のような環境の中で10人程度の少人数の高齢者が共同生活を行うものです。少人数のグループで構成することにより“なじみの関係”がつくられます。なじみの関係と家庭的で落ち着いた雰囲気により、生活上のつまずきや行動障害が軽減され、心身の状態が穏やかに保たれます。自宅の環境との落差が小さい「なじみの環境」により認知症状の進行が穏やかになります。さらに、食事の支度や掃除、洗濯などなじみの行為を通して残存能力を活用しています。
宮城県名取市の「こもれびの家」は、平成19年に開所した認知症高齢者グループホームですが、これまで私が見たなかでも最も優れた建物の一つです。できるだけ施設らしさのない建物が目指されており、平屋建てで、住宅を思わせる外観、住宅的なスケール感の廊下、住宅らしさを考慮した手すりのデザインなど、全体構成から細部まで住宅らしさが追及されています。また、キッチンは広く設けられており、スタッフと入居者が一緒に調理することができ、高齢者の残存機能を活用していくことができます。また、浴室の出入り口には畳の小上がりがあり、湯上りに少し休んだり洗濯物をたたむなど多様な行動を誘発しています。さらに、個室前には、小さな踏み込み空間とベンチがあり、部屋に一人でいるのは寂しいという方のためのセッティングがなされています。
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