これは現代の茶室かもしれない
樹上茶室や空飛ぶ茶室等、最近では日本に限らず世界中で不思議な茶室を設計し実現している建築家・建築史家の藤森照信さんが茶室について話されるのを聞く機会がありました。日本の文化に疎い外国人の多いコンファレンスでの基調講演でした。そういう事情もあって、藤森さんはできるだけわかりやすく、利休と彼の系統の茶室の特徴あるいは本質とも言える事柄を説明されていました。中でも藤森さんが強調していたのは、最小の場合は2畳の広さしかない空間に飾られる軸、花、そして茶席で用いる茶器や道具が、空間と同じように大事だという点でした。
細川さんが首相だった折に、来日する当時のフランス大統領、シラクさんをもてなすためだけに、藤森さんが設計を頼まれた茶室の話が披露されました。シラクさんが20世紀初頭のフランス美術を好んでおられるということから、細川さんが特に入手したルオーの絵がこの茶室の壁に掛けられたというエピソードを、その時の写真とともに紹介されました。この例が示すように、茶室に置き飾るものは、どういう客人を迎えるかで変えるものであるし、そうでなくても少なくとも季節によって変えるものだというのです。その通りだと思います。
狭い空間に、例えば利休の場合は秀吉と二人というようにごく少人数で集い、数時間の時を過ごす訳ですが、その際に自ずと話題はその軸や花や茶器や道具類に関することになるということでした。そこで問われるのは二つ。客人の教養と美意識だというのが藤森さんの結論の一つのようでした。
さて、随分違う話のように思えたかもしれませんが、今回根木さんの本屋に感じたものとすごく近いと思いました。極度に集中した空間での主客の関係と比べるともっとゆったりしたものかもしれませんが、根木さんを茶室の主、そしてここを訪れる本好きの方々を客人とすれば、この小さな本屋という実空間はとても茶室に似ているように感じられるのです。軸や花や茶器や道具の代わりは本です。そして本を話題に大きくない空間で時間を共にするのも茶席のようです。根木さんがお客さんの教養と美意識を見定めているなどというと、お店の敷居が少し高く感じられてしまうかもしれませんが、そこはお互い様。だからこそ面白いのだと思います。ネット空間ではなかなか実現の難しいこの種の人と人、人と空間、人と物の関係。根木さんのやられているようなまちの小さな本屋さんは、ひょっとしたら現代の茶室なのかもしれません。ちょっといいですね。
(松村秀一)
|