講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


7.まとめ


これが「普通」になってほしい

多摩平団地。日本住宅公団初期の大規模開発である。JR豊田駅の近くから見えるテラスハウスや中層住棟が立ち並ぶ風景は、とても印象に残っている。50年が経ち多くは建て替えられ、その風景は記憶を頼りに懐かしむものとなった。

その多摩平団地にわずか数棟だけかつての中層住棟が残っている。それが「多摩むすびテラス」である。1年程前には周辺にも10棟を超えるオリジナル建物が残っていたが、あっという間に空き地に変わり、今はこの5棟だけになった。駅から延びる幹線道路に面さず、少々奥まったところにあったので残ったのだと思う。

まだ周辺建物も残っていた頃に、ここでの団地再生を学生の設計課題にしたことがある。学生たちは一様に「こんなところがあったのですね」と、その空間ののびやかさに感激していた。もちろん住戸内部には手を入れる必要があったが、既存建物をとり壊すことを発想した学生は一人もいなかった。大きく育った木々。それを囲むように配置されたつつましやかな住棟。そして、ゆったりとした隣棟間隔。どれもが今日の開発では実現できないと感じさせるものだった。地域の資源としてこの空間を有効に使い再生させること。それが彼らの課題となった。

多摩むすびテラスは、この時の学生の設計課題とまさしく同じテーマを実践的に追求した意欲的な試みである。元の多摩平団地が持っていたのびやかさを十分にいかしたライフスタイルが、3事業者それぞれの創意工夫で現実のものになっている。ここに新しく住み始めた人々と、周辺地域の人々の交流も始まっているらしい。とても挑戦的なプロジェクトであるだけに多くの人に住んでみてほしい。

それにしても、そろそろこんな既存建物の活かし方が「普通」になってもいい時期だと思うのだが。

(松村秀一)



UR都市機構の意欲的なプロジェクト,ルネッサンス計画2「たまむすびテラス」を見学することができた。5棟のみではあるが,こうしたリノベーション+コンバージョンが実現し,多摩平の伸びやかな団地の風景が継承されたことの意義は極めて大きい。近くの高層棟に転居した以前の居住者達の心の拠り所にもなるだろう。そしてなにより3タイプの事業者が,それぞれ特徴あるコミュニティ計画に取り組んだプロジェクトであることは,居住者が均質になりがちな集合住宅地に今後多様な主体を育てていく試みとして一石を投じるものである。

ひつじ不動産の取材以来,シェアハウスには関心をもってきたが,「りえんと多摩平」で特に興味深かったのは,居住者の生活をサポートするエディターという役割を導入していることである。彼らのブログ「住まいながらシェアハウスという場所を編集する」を見ると,居住環境にはこういう役割がありえたのだと納得する。

「AURA243」の2人向けにリノベされた室内は非常に快適そうであり,「りえんと」住人はカップルになったらここに引っ越せばいいのではと思った。また共同菜園で見つけた「畑DE婚活」というポスターには,なるほど新しいタイプの共用の場はこういう新たな活動を生み出すのだと感心した。

「ゆいまーる」では,「りえんと」の若者達の中に入っていくわけではないが,彼らが話している姿を見ているだけで気持ちが華やかになる、という高齢者の感想が印象的であった。イベントや食堂等の共有空間を媒介にして,3つのコミュニティが関係を造っていくのが楽しみである。

今回一番驚いたのは,特別な耐震補強はなされていないことである。階段室型の団地は構造的には問題ないのだ。「それなら‥‥(色々なリノベの試みができるはず)」という期待と,「なのになぜ‥‥(こんなに建て替えばかりが進むのか?)」という疑問がすぐに頭に浮かぶ。東京大学の大月敏雄さんが「日本はこのままだと,近過去に対しても記憶喪失になってしまう」と警鐘をならしている(人間・環境学会研究会「団地・ニュータウンの記憶を引き継ぐこころみ」2011.10.8での発言)。多摩平の貴重な実践はぜひ生かされて欲しい。

都市機構は関西でもルネサンス計画1として「向ヶ丘第一団地ストック再生実証試験」を実施しているが,誠に残念なことにせっかく数々の試みがなされた住棟は取り壊されてしまう。多摩平の成果を発展させ,関西でもルネサンス計画2として団地再生プロジェクトを進めて欲しいところである。

(鈴木毅)



日本でも団地再生が叫ばれるようになって久しいが,そのほとんどが新築への建て替えで,まとまったコンバージョン物件を見学することはできなかった。今回は念願が叶ってじっくりと内容を拝見することが出来,まずはホッとした。ホッとしたのは何も私だけではないだろう。現在,戦後の高度経済成長を支えてきた初期の団地はものすごい勢いで消えつつある。多くの人にとっての大切な原風景であれ,あっさりと捨て去られるのは市場経済の宿命である。そんなことは分かっていても複雑な気持ちになるのが正直なところである。だからといって,古い団地が見たい訳でもない。ここに来ると誰もが豊かな時代の原風景と再会でき,ホッと出来る。また,「りえんと多摩平」では,シェアハウスの住民と元の団地住民との交流があると聞いてさらに嬉しくなった。

一般に,団地は画一的でつまらないと批判されることが多い。50年経っても凛々しく建っている4階建ての見慣れた四角い建築は,ちょうどいいスケールと周りと適度な余白を保って,むしろ愛嬌すら感じてしまう佇まいを醸し出している。また,「たまむすびテラス」は,日野市のひなびたまちに対して開かれ,うまく馴染んでおり,地域の再生にも寄与している。すぐ近くで建て替えを実行した団地群の方が閉鎖的な印象すら受ける。

内容としておもしろいのは,いち早く,シェアハウスのシステムを導入したり,デンマークのコロニーガーデンの仕組みを取り入れたりして事業化しているところである。いずれも,このライフスタイル研究会で見てきた事例なので,実践されているのを見ると妙に嬉しい。特に,コロニーガーデンの成功を祈りたい。テラスでの成功というのもあるが,首都圏に拡がれば面白い。

現在の「たまむすびテラス」は,まち開きしたてのピカピカの状態で,いい意味での生活感があふれ出していない。テラス内の交流も充分とはいえないようだ。しかし,様々な交流の設定は既にあるので,時間が解決してくれるであろう。数年後,日野市を訪れたときに,「たまむすびテラス」やこの周辺がどう変化しているか今から楽しみである。

(西田徹)




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