講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


8.郊外はゴールではない。一箇所居住の必要はない
松村:  産業的に考えると、ディベロッパーもやることがなくなりますから、そうした住み替え支援的な活動をするようになればいいのではないか。ダメになってきた街を甦らせることが仕事になるのではないかと思います。もちろん、難しい郊外住宅地も多いと思うし、住民がそれに反応するかどうかも分かりませんが…。

いっそのこと、別荘にするというのはダメなんですかね?多所居住というかたちで。今の別荘ってすごく遠いわけです。土日に行きたくても、東京近郊だと道が込んで行くことができない。でも、多摩ニュータウンくらいだと、一時間半くらいで行けます。そこに住んでいる人にとっては失礼な話かもしれませんが、都心の超高層マンションに住んでいる人からすれば、多摩ニュータウンの値段が下がってくれば、全く別の生活ができるわけです。賃貸でもいいですが、どうせ空いているならそういう形で利用する手はないのだろうかと考えたりもします。
角野:  要するに、マルチハビテーション方式ですね。バブルの時期に言われていたことですが、当時よりも経済的に実現できる可能性が出てきたと思います。そこでネックになってくるのは貸す側の意識だと思います。これは農家でもよくある話でして、家や土地がたくさん空いているけれど誰も貸さない。ついにあの家も貸しに出すようになったか、と言われるのが嫌なんです。

ですから、それは恥ずかしいことではなくて、むしろ立派なことなんだ、という意識を植え付けることが大事ではないかと思います。例えば、町をあげて貸し手をもっと誉めるとか、そういうことが必要になってくると思います。
鈴木:  人の立場からすると、あるコミュニティーに定住する居住形態とふらふらと移り住むという居住形態がありますよね。その一方で、土地の側から見ると、居住者が入れ替わっていけるためのモデルづくりをしなければならないということですよね。
角野:  土地と建物があるけれど、普通の居住のニーズはもういらないという場合に、じゃあどうするのか、ということをもっと考えなければならない状況にある。
鈴木:  今までみたいな定住はもう難しいという状況ですから、なにか新しいプログラムをつくらなければなりませんね。
角野:  戸建住宅を、デイケアセンターやデイサービスセンターとして開放する試みが結構なされていますよね。それはそれでこれから進むと思うんですよ。でもそれだけではプログラムは足りない。基本的に人口が減っていきますから。

この建物はこんな使い方ができる、ということをもっと考える必要がある。じゃあ、その主体は誰になるかというと、それぞれのコミュニティーにならざるを得ないのですよ。コミュニティーとして、こんな器なら私たちは使いますよとか、使うのが難しかったら、壊してしまってオープンスペースとして使うとか、そうしたプログラムをもっと充実させていく必要がある。
松村:  僕も郊外に住んだことがあるけれども、一生住むなんて思っても見なかった。実は、郊外住宅地は、定住というモデルと、必ずしも一致していませんよね。
鈴木:  でも、更新のしくみがあるわけでもない。
角野:  一生郊外に住むぞ、終の住まいだぞ、と思っていた時期は戦後のほんの一瞬の時期だったはずです。戦後のお金持ちは住宅をたくさん持っていたわけですし。関西で言えば、阪神間が終の住まいや、とは絶対思っていなかったはずなのです。それをなんか錯覚したのが昭和30年代初めのころなのです。

やはり、もう一度原点に立ち返って、郊外住宅地では居住者が変わっていくことを前提にしていいのではないか。居住者はその時点で一番気に入ったところに住めばいい。また、家が一つである必要もない。今の税制にしろ、金融公庫の制度にせよ、家は居住用一つしか持ってはいけないことになっているけれども、なぜ一つでないといけないのか、と感じています。



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