ライフスタイル考現行


3.「仕事スタイル」と「地域の活性化」

この「まち」は立地としては便利でいいものの今ひとつ「まち」に勢いがなく,商売をはじめるのには必ずしも好条件な場所でない。つまり商売に肝心な人通りが少ない。住むだけなら特に問題はないが,商売を成立させようと思うとかなり苦労しそうな場所である。

今回ヒアリングを行った個人商店の女性オーナーはみんなこの「まち」に住んでいる。年齢も居住歴もバラバラであるが,ここ最近店を始めたことと,この「まち」が気に入っていることだけは共通している。もう一つ共通点を加えるとすれば,いずれのオーナーも大儲けしようという気があまりないことである(本心は分からないが)。

まちで商売をするということは,まちと店との関係,まちに住む人と自分との関係を無視する訳にはいかないはずである。まちとの関係は半ば必然的に生まれてくるものであるようだ。



※写真は下町のイメージです。本文とは関係がありません。

古着屋の店主Aさんは人通りのない路地に面する長屋を改装して商売をはじめた。5年前からこのまちに住んでいるが商売をはじめたのは最近のことである。

この「まち」で商売をはじめた動機を「なんといっても家から近いことと,子どもの保育所から近いこと。このまちに住みはじめた動機は,旦那が京都行ったり奈良行ったり,とか,仕事であちこち行くことが多かったから,通いやすいところを探していた」と語り,住む場所重視であったという印象を受ける。
また,古着屋をはじめた動機を「こういう古いものを扱っているお店のオーナーさんとかと仲良くなって,何を勘違いしたか自分もやりたいと思って」と語る。何か新しいことをはじめる場合には勘違いが必要なのだろうか。
少ない人通りに関しては「人通りはもっと増えて欲しい。大通りで店をやるのが嫌な訳じゃない。大通りは家賃が高いから。」と本音が漏れるも「でも今の場所は今の場所でいい。店自体にすごい愛着がある。」と場所選びの後悔は全くない。
近所づきあいについては「普通にある。近すぎず遠すぎずみたいな。他のところと比べてどうなのかは分からない。私個人的には,隣の人が栗持ってきてくれたりとかそういうのはあるけど。」と予想通りの答えである。
また,店を始めたことによるネットワークについては,「めっちゃ増えたと思う。とりあえず仕入れ先だけでも,まあ置くものも増えているから増えてるやろ。でここなんか人通りのないところにぽつんとあるから,一回来てくれたお客さんがまた友達を紹介してくれて,みたいなので。人の紹介が一番多いかな。近所の会社で働いているとか,すぐ近くに住んでいるんやけど保育所のお母さんから聞いた,みたいなので来てくれたりとか。なんかこう,来やすいところで,聞いてついでに通ってくれた,みたいな人やろうな。」と,店を始めたことで確実にネットワークが増えていることと地域との関係性が深まったことがわかる。
このオーナーは店の宣伝のために仲間達と手作りのフリーペーパーを発行している。まちを盛り上げる事など意識していなかったようだが,「全然考えてなかった。とりあえずフリーペーパーを地元中心に置かしてもらって,地元の人に知ってもらってから,ぼちぼち外の同じジャンルのところに置かしてもらったりみたいな感じで,地域は今のところ結構絞っているな。地元の人に先に知ってもらった方が多分早いと思う。遠くのところからこっちに来てもらうよりも,近くの人に散歩がてらでもいいし,何かのついででもいいから,来てもらいたいっていうのでこっちに置いている。」とまちの活性化などに対して特別意識はしていないものの実際には地域の活性化に一役買っているようだ。



カフェを始めたBさんは,生まれがこの「まち」で,結婚して20年ほど「まち」を離れたがまた3年ほど前に戻ってきた。店をはじめたのは同じくここ最近の話である。

カフェをはじめたきっかけは「専業主婦をしていて,何かはじめたいと思い,何が出来るかといったら,まあ料理をやってきたから,それを生かして,みんなに料理を食べてもらいたいという気持ちで。まあ商売したいというのから,それの中で何が良いかといったらやっぱり料理を出すような形のカフェ,という感じで」と語り生活の延長線上に店づくりがあったと言える。
また,お店のコンセプトに対しても「私ぐらいの歳の人が入れるおしゃれな感じの店づくりをしたい,という感じで,見た目も木目調にして,中高年の人が入りやすい雰囲気に持って行きたかったんです。」とかなりハッキリとしており,若い人の勢いだけで商売をはじめた感じとは異なる。
このまちで店をはじめた理由は「やっぱり知らないところより自分が生まれ育ったところでやりたいのが一番。ここは,都心にも近くて便利な割にはまだまだ下町っぽい雰囲気が残っていてすごく好きなんです。」と生まれ育った土地への愛着は人一倍強い。また,まちの変化に対しても「帰ってきてこのまちは変わっていたけど,やっぱり帰ってきて良かった。人通りは少ないですけど,帰ってきたこと自体が嬉しいというか。」と商売よりもまちへの愛着の強さを感じる。
近所づきあいに関しては,「近所の皆さんも最近やっと親しく話をするようになったという感じ。掃除したりするときに顔出したり,お客さんとして来てくれはる人もいるし。深い近所づきあいとかはないけど。」と下町で生まれ育ったBさんであるが,意外にベタベタな付き合いではない。



家具屋を営むCさんも住みはじめたのは3年ほど前であり,店をはじめたのは最近のことである。以前は全然違う仕事をしていたという。Cさんもこのまちが気に入っている一人である。

このまちで店をはじめたきっかけは,「まず私が現在住んでいるのがこのまちというので,できるだけ近いところがいいというのと,でもそもそもこのまちに住まいを移した理由って言うのが,やっぱり都心に近いし,でも雑然としたところじゃなくて,もうちょっと人が住める,人が住むべきところでなおかつ交通に便利で。・・・(中略)・・・とりあえず住んでみたいと思って住みはじめたんです。」と最初の古着屋Aさんの動機と近い。また,この場所で良かったかというと「思いますね。人通り的には今はものすごく厳しいですけど。」とやはり人通りでは苦戦しているものの今の場所に満足している。
はじめての商売に対する不安について「他のオーナーさんもそうかも知れないけど,あんまり考え込むタイプっていないじゃないですか。だから「やりたいな」と思ったらとにかく行動できる人であれば,決断力っていうか,動いていけばそっちの方に足が勝手に動き出してしまうって言うか。・・・(中略)・・・誰でも出来ると思うんですよ。やりたいと思って行動できる人だったら自ずとそういう方向に行く。私は会社を辞めて4ヶ月で店をオープンしたんですよ。収入の事も確かにちょっと考えましたよね。でもそうしたらこの仕事を50までできるのか,そしたら出来ない,じゃあどれか吹っ切らないとしょうがない,と。まあいざとなったらどうにかなるやろ,っていうのもありました。だからここが失敗したとして店を閉めることになってもまた働いたらいいやんか,という。・・・(中略)・・・今の時代女の人が出来るようになってきたというのは,駄目になって最後就職しようと思ってもまあ何とかなる世の中になってきたじゃないですか。だからもしここで借金しても,たたんで働いて借金返していけばいい訳やから。居酒屋にバイトしにいったって良い訳じゃないですか。返し終わったらまたそこで考えよう,っていう。一回できたんだから,もうそのあと一切出来なくなるということはないし,また挑戦したかったら挑戦したらいいし。」とこの場合も勘違いと言わないまでも走り出したら止まらないタイプの人でないと商売をはじめられない印象を受ける。
近所づきあいに関して「うちはすごくご近所さんが多いんですね,お客さんにしても。そしたらやっぱりしゃべりに来はるのね,みんなここに。最初何個か買ってくれはって,で顔見知りになって,私も初めはお客さんとして接客していて,段々みんなちょこっと寄りに来る。前を通りかかったら「どない?」っていう,そういう雰囲気はすごく。で,それはまあまあこういう古いまちならではかな,って思いますね。」と商売と近所づきあいとが既に深く絡まっており商売と付き合いとの境が曖昧な様子がよく分かる。



最後に長屋でカフェを営んでいたDさんの話をしたい。過去形なのはヒアリングの時には存在したのであるが今は店を閉めたからである。オープンは2年ほど前の話である。長屋住まいに飾り付けをしただけのカフェは,お店の形態としてはかなり変わっている部類に属したと思われる。

カフェをはじめたきっかけは,「普通に家として借りて一年くらい住んで,それから何かできるかも知れないな,と考えて大家さんに相談して,計画をはじめた。だから結構思いつきっていうか,そんなに計画的じゃなかった。」とこの場合もこのまちが好きで,住むことが最初にあった。
近所付き合いに関しては,「もともと家として借りてたから,一応ご近所に挨拶とかはして,あと町内会があるから回覧板を回したりとか,そういうので顔見知りっていう感じには。」とごく普通の話であるが,お店をすることで変わった関係というと「以前は挨拶程度だったのが,時々お店に来てくれたりとか,顔を合わすのが多くなったというのはある。声かけてもらったりとか。普通に住んでいたときよりは顔合わす機会が多い。ここにいることが多いから。普通に住んでいるだけだったら仕事場に行ってここに帰ってきてという感じだからあんまり合わす時がないじゃないですか,顔とか。回覧板とかも,いてないから外に置きっぱなしとか。でも直接そういうのを受け取る,ということが出来るようになったから,以前よりは関わりが深くなったかな,という気はしますね。それが直接仕事に影響してきたりとかっていうのはないけど,自分自身に安心感があるっていうかそういうのは。」と直接商売と関係がないというが,地域のネットワークから安心感という大切なものを得ている。



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