生活・ケアから住まいを考える
-介護付き有料老人ホーム、サービス付き高齢者向け住宅に期待すること-
近畿大学教授 山口健太郎
成熟社会居住研究会では、近畿大学の山口健太郎氏をお招きし、高齢者の介護施設の基本的な考え方やこれまでの変遷と、今後のサービス付き高齢者向け住宅 (以下、サ高住) への展望について伺いました。
(1) 生活・ケアと形
今回は、「生活・ケア」と「カタチ」の関係性について着目し高齢期における住まいのあり方について話を進めたいと思います。
まずは皆さんが良く知っている住まい方とデザインの関係性をご紹介します。戦後日本の公営住宅の型形式として有名な2DKは、西山夘三先生 (京都大学) の食寝分離論という生活のあり方を、吉武泰水先生 (東京大学) が「公営住宅標準設計51C型」としてカタチにされました。食寝分離論や就寝分離といった研究により導かれた住まい方のヴィジョンが、デザインへと反映していったのです。
次に、1990年代後半からの高齢者施設計画には、外山義先生 (京都大学) の生活領域論という住まい方の研究があり、それが個室化やユニットケア型というカタチに反映されていきました。外山先生の研究は、個室の有効性を検証しているように言われることがありますが、その前提には
高齢期の環境適応
と、
個人領域形成論
、
生活形成論
という研究があり、それに対応したカタチとして個室+ユニットケアというデザインが提唱されています。
1) 環境適応
ライフサイクルの中には、大学進学・結婚・転勤など、これまでの環境から離れて新たな関係を構築するステージがあります。このような
環境が変わり、新たな環境を再構築する過程を環境移行
といいます。
危機的移行
とは、人間‐環境システムの混乱状態が非常に強く経験され、環境の物理的・対人的・社会文化的側面に対して、従来用いてきた相互交流の様式が通用しないような状態を指します。突然地震に襲われたときや、高齢者施設に転居するときなどが危機的移行にあたります。そして、危機的移行によるダメージを
リロケーションショック
と言います。
それでは、高齢者の自宅から施設への転居 (リロケーションショック) を、ロートンの生態学的モデルにより説明します。例えば、適応能力が高い状態にあり、かつ、環境負荷が適切な範囲 (右記のグラフの白色の部分) にある場合、人々は新しい環境に対して適応することができます。それが、適応能力が低く、かつ、環境圧力が強い場合には、環境移行の負荷により環境を否定的に感じ、適応した行動がとれなくなってしまいます。このような状態を危機的移行と呼んでいます。
では、このようなリロケーションショックを回避するためにはどうすればよいでしょうか。適応能力を上げていくことは難しいため、いかに環境の負荷を軽減できるかがポイントになります。できるだけ自宅と施設の環境の落差を小さくし、環境移行による負荷の軽減を軽減する、つまり、施設を自宅に近づけていくことがリロケーションショックの緩和へとつながっていきます。
また、もう一つのプロセスとして早めの住み替えという考え方があります。適応能力が低い状態での転居は、適応できる幅が狭く、適応できる環境の設定が難しくなります。その一方、環境への適応能力が高い状態では、適応できる環境の幅も広くなります。環境適応能力が高い段階での転居であれば、新しい環境に慣れやすく、リロケーションショックが少なくなります。元気なうちに転居し、新しい環境に慣れるという「早めの住み替え」は環境移行の負荷の軽減という観点からも有効であると言えます。
この生態学的モデルの中でもう一つ留意していただきたい事があります。それは適応能力が低くなれば、適応できる幅が狭くなる。つまりわずかな環境の変化でも不適応な状態になってしまうということです。例えば、同一敷地内に自立型と介護型の施設があるとします。自立型に住んでいた人が介護型の棟にうつる。これも環境移行です。同一敷地内であるために負担は少ないと思われるかもしれませんが、これまで親しんできた居室や共用空間、職員、同じフロアの知り合いなどの環境から離れ、新たな環境を再構築していかなければなりません。このような職員や運営者にとってはわずかな環境の変化であると考えていることでも、高齢者にとっては不適応な状態となることもあります。つまり、高齢者の環境を変えるという事に対しては細心の留意が必要です。
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