講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


8.まとめ


「ゆるさ」のデザイン

 10月初旬の土曜日。心地良い昼時の谷中。根津、千駄木と合わせて「谷根千」等とも呼ばれるこのあたりは、空襲に合わなかったために、古い木造家屋や下町風の路地もあり、かつての東京の風情を感じさせてくれる。久しぶりに日暮里の駅から歩いてみると、狭い歩道をすれ違うのがやっとという程に人がいて、少々驚いた。写真を撮る外国の方も多かった。

 宮崎さんの手がけたHAGISOも、木造住宅をリノベーションした宿も、表通りに面したビルの2階の自身の事務所も、そして経営に参加しているハンバーガー屋さんも、すべてこのまちの歩いて回れる範囲にある。実際宮崎さんの案内で歩いてそれらを回ったが、宮崎さんは、時折道ですれ違うまちの人と挨拶を交わしていた。この全体−歩くことも、リノベーションした建物の道に面した様子も、その内部空間も、そこで活動する店員さんや所員さんたちの振舞いも、道でかわすまちの人との挨拶も−の質感を一言で表すと「リラックス」、外来語でない言葉を探せば「ゆるさ」ということになると思う。

 HAGISOではカフェ、ギャラリー、宿のフロントといった空間+活動が、隔てられていることを意識させないようにゆるくデザインされている。木賃の萩荘だった時代のモノと、リノベーションで新たに付け加えられたモノとが、境界を際立たせることなく、ゆるく一体になっている。宮崎さんの事務所に行ってみると、先ずは地域の交流スペースがあり、その奥に設計事務所のスペースがあるのだが、視覚的に繋がっている。私たちがお邪魔した時には、子供のための学びの場が運営されていた。地域と設計事務所の間にもゆるい関係がデザインされ、成立している。

 東京オリンピックに向けた開発熱で、ツルツルピカピカの空間がどしどし供給され、それらが排除していくことになるであろう生活空間の「ゆるさ」。既存のまちに新しい活動を埋め込むリノベーションまちづくりの営みは、ツルツルピカピカにはないこの「ゆるさ」を空間化しているのだ。今回の取材では、宮崎さんの東京・谷中とその周辺での活動が、そのことを明確に意識させてくれた。

(松村秀一)



谷中の新しいレイヤー

 池之端に住んでいたころ谷中・根津・千駄木は身近だった。自分なりの町歩きルートを組み立て,友人や留学生を案内して東京の別の一面を楽しんでもらった。谷中には玉林寺の脇から入るルートが定番なのだが,ある年,ブラジル人の留学生と歩いているとのれんを使ったアートイベントに出会った。インスタレーション的に造られた足湯に入った感触と風景を鮮明に覚えている。これを企画したのが学生時代の宮崎さんだったのだ。

 HAGISOは2回目である。今年の春に来た時は5年間の歩みのイベントの展示があり,活動の軽やかさと豊かさ,ディスプレイのセンスにうならされた。今回宮崎さんからHAGISOに至る経緯と背景について詳しく伺うことができ,さらに広がりつつある活動である,宿泊棟HANARE,近所にあったらうらやましい総菜の店TAYORI(うめ作のコミック「おもたせですが」3話に登場するアトリエドフロレンティーナの角を曲がったところである),そして事務所の一角で始まったKLASSを訪問することができた。

 まず感じたのは,ペンキの塗り方をはじめ,既存木造に対する手の加え方の加減が絶妙であることだ。木造の建物の一部を吹き抜けにすることで日本的でないプロポーションの空間が生まれている。この結果リノベーションに慣れつつある目にも新鮮な印象をもつ。戦後にたった何でもない建物は,気負いなく自由に取り組めるという宮崎さんのお話は,リノベーションについての認識を拡張してくれる。

 「まちの教室」KLASSのプログラムの幅の広さには目を見張った。街には教えたい人,学びたい人々が沢山いる,そういう地域の潜在的なポテンシャルを宮崎さんが引き出したのだ。もともと谷中は,住民によるコミュニティセンター造り,森まゆみさん達の谷根千,そして谷中学校(元プロデューサーの西田徹さんも関わっていた)など,地域活動が盛んな街である。インタビュー当日も,建て変わった「谷中防災コミュニティセンター」と防災広場では谷中まつりが開催されており,街の人達による屋台や芸大生による演奏会で賑わっていた。宮崎さん達は,こうした従来の地域活動に,更に新しい活動のレイヤーを重ねたのだ。

 20世紀は「居住に特化した住宅と,それを補完する公共施設を専門家が造った時代」であったのに対して,21世紀は「複合的な役割の住居と,ビジョンをもつ当事者による新しい公共的な場づくりの時代」だというのが私の持論である。単なる木造アパートのリノベーションではなく,あえて最小複合文化「施設」を名乗るHAGISOと宮崎さんの活動を拝見してそのことを更に確信した。

(鈴木毅)



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