講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


6.「生活の質」の求め方−時代による評価の変化
佐藤:  先ほど、思想で固められた住宅や環境家計簿の問題点を指摘されました。僕自身も環境やエコというとそういった方向に行きがちという印象を持っていましたが、こうした取り組みに対して疑問をお持ちのようです。この辺りについてもう少し詳しく聞かせていただけますか。
岩村:  まず、本来自由であるべき生活のマニュアル化を避けたいということです。つまり居住者が自らの能動性によって快適性を確保する行為を大切にしたい。エネルギー消費や創エネの「見える化」や、自動的にマネジメントする「スマートハウス」、家具や設備機器のロボット化といった試みが盛んです。それによって確かに人間は楽になるし、省エネルギーに役立つ一面があると思います。また、ハードウェアのシステム論としても面白い。しかしそれに依存するだけでよいのでしょうか。複雑なシステムの効果をわかりやく可視化し、その制御を楽に代替する意味は確かにわかるのですが、その一方で、優れた五感に基づき、自分で窓やブラインドを開け閉めしたり、スイッチをオンオフしたりするという住み手の能動的な行為は、それらを装置やシステムに置き換える以前に大切にすべき生活文化の大事な要素ではないか、それをないがしろにすべきではないと思います。

それ以前の論点として、環境を巡る倫理的側面と住まい方あるいはライフスタイルの問題はもちろん深い係りがあるのですが、一般的な普及を目指す場合に、一つはネガティブチェックよりももっと前向きで「生活の質」の向上という万民が望む方向性を支える取り組みであってほしい。もう一つは、個々の住まいでは私達誰しもが持つ「ダラッ」とした生活の部分を引き受けられるものであってほしい。そこに余計な介入はいらない、と思うことがあります。

前者に関して見ると、最近世界中で普及してきた建築環境性能の評価システムがあります。その先駆であるBREEAMもLEED* も評価項目ごとの点数化を行いその総和で優劣を評価するのですが、これも言わばネガティブチェックですよね。しかし、生活の質の向上を目指すデザイナーやユーザーに関心を持ってもらうためには、良かれと考えた取り組みを前向きに評価する仕組みであってほしい。そこで2000年位から日本で私達が村上周三先生を中心に開発に携わったCASBEEでは、Qualityを高める試みと環境負荷(Load)を減らす試みを同時に評価できる仕組みにしました。環境を守るためにQuality of Lifeの向上を我慢するのではなく、両立を目指す取り組みを評価できる取り組みにしようとしたのです。

* 環境に配慮した建築物の評価方法。イギリスなどではBREEEAM (BRE Environmental Assessment Method)、アメリカではGreen Building CouncilによるLEED (Leadership in Energy and Environmental Design)が採用されている

もちろん、価値観がつきまとうその質の中身についても吟味する必要があります。色々な装置やシステムが開発されて生活は確かに便利で楽になったけれども、その一方で生活の質が下がった側面も忘れてはなりません。例えば、昔の住まいの内部は暗かった。蛍光灯が登場した当時、部屋の隅々まで明るく照らせることが大変喜ばれ、日本では爆発的に普及したわけですが、同時に暗がりや陰影がもたらす微妙な雰囲気も文化も失われてしまった。しかし、3.11以降電力消費の削減の必要性に駆られながら、照明のありかたも変わってきました。このように、時代によって生活の質のありかたも常に変化していくのです。



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