講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


8.まとめ


中田君は10年程前わたしの研究室の大学院生だった。その彼が何を思ったか、ある雑誌の「安藤忠雄があなたの家を設計してくれます」という施主募集に応じ、見事選ばれてしまった。安藤さんに会うと「今度の施主の中田さんという人は松村さんのとこにいたらしいやない。」と不思議そうにされていた。

しばらくして、安藤さんから「今度中田さんの家がNHKに出ますから、よう見といてくださいよ。」と言われた。見ると、安藤先生主役の「人間ドキュメント」に中田君が準主役級で出ていた。まっさらな中田邸は安藤先生とともに完全な主役だった。「一体中田のやつ、何を思って海辺の4階建てなんかに住んどるんかなあ?」

というわけで、今回の中田邸訪問とあいなった。規模からすると特殊かもしれないが、一人暮らしの空間が多様に展開する、そんな近未来を感じさせてくれる住宅だった。設計なんか嫌いだったはずの中田君が、ケーススタディハウスの本など片手に、「いやー、ここでは不思議と集中してスケッチなんかできるんですわ。」とおっしゃる。空間のなせる業だ。
(松村秀一)



「たたずむ」ことができる住まいというのが中田邸に対する感想である。「たたずむ」は私が注目して研究している「居方」の一つで、立っているその人の全身が第3者から見えること、漠然と遠景を眺めていることなどがその必要条件だというのが暫定的な結論である。普通「たたずむ」といえば海辺や橋であり、個人住宅の居間などで「たたずむ」というのは普通成り立ちにくい。また単に見晴らしがよい住宅はいくらでもあるだろうが、それらが佇める空間を持つとは限らない。中田邸の平面はそれほど広くないが、4階の天井高はかなり高い。この平面と天井高のプロポーション、そして窓の外に広がる海と明石海峡大橋の風景の切り取り方が「たたずむ居方」を保証しているのだろう。

中田邸を訪問してお話をうかがった時ははっきり考えがまとまらず、住宅によってライフスタイルは変わらないといった意見に納得してしまいそうだったのだが、写真を眺めテープ起こしを再読しているうちに、生活の折々に「たたずむ」というのは一つのライフスタイルと言えるような気がしてきた。考えてみるとこれまで取材してきたライフスタイルは、「〜のように暮らす」、「〜に〜して住まう」というふうに、基本的には文章や理屈で説明できるものだったように思う。空間に関わっていたとしても平面(プラン)でほぼ説明がついた(例.玄関が二つあることが保証する生活様式)。中田邸はそういう範疇ではないライフスタイル、いってみれば建築空間と人間の関係が生み出す情景としての(に現れる)ライフスタイルといったものを示唆してくれたように思う。なぜ情景がライフスタイルなのかと言われるとまだきちんと答えられないのだが、たとえば、たたずめるということは広い意味でもの空間の公共性(のポテンシャル)に関わっているような気がするからである。

そういえば中田邸自体が海辺に「たたずんでいる」ような外観である。
(鈴木毅)



もしかすると,この中田邸(4×4の家)は安藤さんがつくった住宅のなかで「住吉の長屋」に並ぶぐらい有名になるかも知れない。いや,既に様々なメ ディアを通して建築関係者だけでなく,みんなが知っている有名建築の一つかも知れない。そもそも雑誌「BRUTUS」は,建築の専門雑誌ではないのだから。面白いことに,はじめて会う中田さんの顔も会う前から分かっていた。今や建築だけでなく中田さん自身もちょっとした有名人である。こうなると,当然 中田さんのライフスタイルにも大きな変化があったものと想像してしまう。しかし残念ながら最後まで中田さんの口からライフスタイルが変わったようなエピ ソードは聞き出せなかった。階段の上り下りが大変だとか,建物のメンテナンスが必要だとか,海をぼーっと眺めている時間が出来たとかいう細かい話はいくつかあったが,どれも中田さんを変えるほどの話とは思えない。

しかし,言うまでもなく中田邸は普通の個人住宅ではない。4階のリビングから見える海は,瀬戸内海を独り占めしているような錯覚に陥るし,道路側と海側の両方にある玄関は建物の正面がどっちなのかを分からなくしている。正面?・・・なるほど,そうだったのか,この家にとっては海が主役なんだ。中田さんはこの家の主ではあるけど,中田さんの為のだけに立っているのではない。言うなれば灯台のようなものだ。見られることを強く意識して立っている。なんて公共性が高い個人住宅なんだろう。住宅が個人のライフスタイルを変えるなんていうちっぽけな話にこだわっていた自分が恥ずかしくなる。この住宅が地域に対してもっているポテンシャルは計り知れない。こう考えると,私の中でこの住宅がもっている様々な謎が解けてきた。この住宅とともに中田さんのライフスタイルが変わるとしたら,それはもう少し先の話のようだ。この様な住宅をいとも簡単につくってしまう安藤さんはやはり神としかいいようがない。
(西田徹)




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