ライフスタイル考現行


7.まとめ


萩野さんの事務所には,アメリカン・ボザールスタイルの建築のドローイングと,土の仕上げの見本が同居している。日本の各地でプロジェクトを進めている建築家であると同時にNPO法人輪島土蔵文化研究会の理事長でもある。東京大学の香山寿夫先生の研究室で学び,フルブライトでペンシルバニア大学に留学という,最も正統的な建築教育の経歴とデザイン受賞歴をもつ萩野さんが,ご家族とともに輪島に移り,家と事務所を構えて,地域の人々と意欲的に意義深い活動をされていることに感慨を覚え,時代の変化を感じた。

林の中に建てられた自邸は快適そのものの伸びやかな空間である。半分は自力建設で,通常の仕上げがされてない部分もあるが気にならない,というよりむしろ自然で心地よく感じる。事務所でも感じるこうしたおおらかさは,ライフスタイルを見る視点第25回の新潟越前浜の星名さん達のセンスと似ている気もする。

インタビューでも話されているように,帰国し日本でどう働くか,どう生きるかについて萩野さんには,様々な葛藤があったことと察する。しかし現在の活動と生活を拝見していると,かつて萩野さんが感動し学んだ「歴史や伝統を重んじ,地域に強いコミュニティがある」アメリカ,いわゆる「グローバリゼーションの張本人ではない」アメリカの最も良い部分を能登で実践されているように思える。

萩野さんのように,正統的な建築のバックグラウンドと幅広いネットワークをもった若い建築の専門家達が,日本の各地に住み,外からみた日本という視点も踏まえて,地域の文化と建築の価値を発見し活動していくというのは,今後の日本のあるべき姿として,また専門家のライフスタイルのあり方としてかなり有望ではないだろうか。

(鈴木毅)



能登半島とはこれまで縁がなく,足を踏み入れるのは初めてである。石川県にはこの夏何度も白山の渓流釣りでお世話になったが,帰りに金沢に寄って帰ろうということはあっても輪島に寄ろうという発想はなかった。今思えば実にもったいないことをした。何となく遠いイメージがあったからである。冬場はさておき,金沢西ICから能登有料道路を使って二時間ほどであるから大した距離ではない。イメージや先入観というものは無知よりも怖い。

さて,能登空港が平成15年に開港したことによって,羽田と能登の間は,1時間で結ばれることになった。萩野さんの自家用飛行場かと思うほど近い。トキが飛んでくるような大自然をもつ場所に東京から一時間である。賛否両論あるだろうが,この生命線は是が非でも残して欲しい。実際,萩野さんの所の所員の方々も地元出身者ではない。全国から若い人が集まって来ている。日本人の価値観が今緩やかにシフトしつつある。大不況もそれを後押ししているように思う。今こそ失われつつある日本の伝統文化の継承とそれをうまく経済システムの中に取り込むチャンスの時代である。それをうまく実践しているトップランナーのお一人に萩野さんがおられる。取材の途中,荻野さんを見かけると挨拶をされたり,話しかけたりされる人がほとんどである。どれほどの信頼関係が地域住民との間にできているのかの証拠である。萩野さんの自宅は,コンフォルトという有名な雑誌に載るほどの素敵なお宅である。田舎に移住というと,茅葺き屋根の民家改造をイメージするが,能登ヒバをふんだんに使った,木造住宅である。半分は萩野さんのセルフビルドだというが,隅々まで愛着が感じられ,非常に居心地が良い。この様なライフスタイルを実践するまでには,地震だけでなく,多くのご苦労を地域住民との間で経験されたことと思う。しかし,それを乗り越えられたのは,アメリカ留学を通して習得した様々な経験や建築技術の確かな知識,幅広いネットワーク,そして,なんと言っても物腰の柔らかい萩野さんのお人柄である。

地域住民を含めた様々な環境要素とうまくコミュニケーションをとらないと,豊かなライフスタイルが構築できないことは,この研究会を通して確信してきたことである。それを実践する,実践しないといけない時がすぐそこまで来ている。

(西田徹)



前ページへ  1  2  3  4  5  6  7 


ライフスタイルとすまいTOP