成熟社会における住宅流通を考える

(株) リクルート住まいカンパニー 主任研究員 矢部智仁氏講演より

(1)郊外ニュータウン(NT)を例に持続可能性を考える

・人口吸引力と住宅取引市場の関係

 去年は国土交通省の不動産流通活性化フォーラムでは委員を務めさせていただき、不動産流通の活性化を進める上での課題は何かについて検討してきました。 本日は、私からの報告を起点に大手ハウスメーカーの皆様との議論をお願いしたいと思います。
 郊外ニュータウンを考える一つのケースとして、横浜市を取り上げてみます。横浜市には、多くの大規模郊外NTが立地しており、鉄道路線がよく発達しているところが多いわけですが、それぞれの郊外NTにおける状況の違いを、 NTの存在する主な区である青葉区・旭区・金沢区の人口及び住宅流通の状況から分析してみました。
 まずはじめに市内区別の人口の動きを社会増減と自然増減のマトリクスで示したものがこの図です。それによれば青葉区の特徴は人口の自然増加率が高いことですが、旭区と金沢区は自然増加率の低さに加え社会増加率もマイナスとなっています。 つまり旭区と金沢区においてはの人口の地域内拡大だけではなく人口吸引力も弱っているといえそうです。
 同様に人口の動きを見るために、5歳区分人口コーホート(国勢調査2005年-2010年)を比較してみると、青葉区では10代人口が約2,000人、30代は約1,000人増加していることに対し、旭区では10代が500人、30代が数百人、 金沢区では10代が1,000人、30代が数百人の増加にとどまっている。旭区・金沢区においては若年層の増加がマイナスにはなっていないが、その増加がゆるやかであることが分かる。 さらにこれから先の動向を見るため、社人問(国立社会保障・人口問題研究所)による人口予測(2010年-2015年)をつかって区別に動きを見ると、葉区は生産年齢人口の増加が予測されているのに対して、若年層などの人口吸引力は高いことが分かります。 一方で旭区・金沢区では、そのような人口吸引力の高さは見られないことも分かります。
 以上のような人口動態の分析から見た人口吸引力の違いは、住宅供給動向とどのように関連しているかを、郊外NT近隣駅を最寄り駅とする、中古戸建広告事例(最も掲載の多い時期である各年1−3月四半期に、弊社メディアに新規登録された、 あるいは抹消された物件)から分析してみました。おおよそまとめると、

 以上のデーターから、一つの可能性として各地域の人口吸引力と新築住宅の供給動向には一定の関係性があるのではないかと推測されます。

・住民が使いこなせる街

 弊社がある機関と共同で行った消費者調査の中に、居住者は今住んでいる地域のどこを気に入っているかについて尋ねたものがあります。 居住者がまちを気に入ったポイントとして、居住者が実際にそこに住まなくても弊社メディアなどを見ることでわかるもの(駅近さ、周辺の緑環境など)、 実際に住んで体験したことで手に入る情報(住んでいる人が楽しそう、自分の好みに合ったカフェ・レストランがあるなど)など設問を準備して尋ねると、実際に住むことで得られる情報を気に入っているポイントにあげた回答は、 マルチアンサーで1%程度、多くて4%程度であり、実は住民は自分が住む地域や街を体験として評価しておらず、住民のお気に入りは「見た目」によるものが多いのではないかという仮説が考えられる。 このことを先に見た新築住宅の供給と人口の動きに関連つけて考えるとすれば、住宅の選考はまだ住んだことのない場所に関する表面的な情報によって進められ、居住が始まってもあまり街を使いこなすような暮らし方が行われていない可能性を想像させます。
 郊外NTの持続性を担保していく上では、流入人口を引き寄せるだけでなくそこでの定住も促進するようなバランスが必要だと考えられますが、人がひきつけられるには地域や街、建物の更新が継続的に進められており、 住民が使いこなせる街であることを見せて行くことが大事ではないかと考えます。 ただ、地域や街、建物の更新は新し建物を建てなければできないということではなく、例えば住宅の商業転用など住民が使いこなせる街として「使い方」の更新も行われなくてはいけないのではないでしょうか。 先日、ベルリンとアムステルダムの既存不動産のコンバージョン事例を視察してきたのですが、欧州でも日本よりも空室化の進んだ地区がありながら、教会をレストランにするといった大胆な転用が行われていました。 空き物件をこう使いたいという意思を活かしていくことを、日本でどう実現するかが大事であることを改めて考えさせられた視察でした。