講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


9.まとめ


やっぱり仕組みじゃなくて人だわ

 空き家や空きビルといったまちの空間資源を発見し、それに手を加えることで、新しい暮らしの場を創り出す。そんな21世紀の日本らしい活動が、各地のまちで見られるようになりました。この「ライフスタイルとすまい・まち」でも、これまで何度もそういうまちと活動を取り上げてきました。私自身も、このWEBサイトでの取材をきっかけに何冊かの本を上梓してもきました。

 恥ずかしながら、この頁も本の方も、総じて面白がって読んで頂けていると思い込んでいるのですが、よく指摘されることがあります。

「精力的に各地を回って、直に見聞きしてきた様々な新しい動きを紹介してくれているのはいいのだけれど、折角なら、それらに共通する事柄などをうまく整理して、新しいすまいやまちづくりの仕組みの提案までしてもらいたかったな。」
というような指摘です。

「お気持ちはよくわかりますが、どこでも通用する仕組みのようなものはないと思いますよ。」
そう答えることにしています。そして、その次にはこう言います。

「結局は人です。そういう新しい動きを生み出して、引張って行ける素晴らしい人がまちにいるかどうかなんですよね」と。

 今回の尾道で、豊田さんに話を伺い、あちらこちらの実践の場に連れて行って頂き、彼女がまちの人やNPOの仲間や職人さんたちと接する姿を見て、「やっぱり仕組みじゃなくて人だわ」の意を強くしました。そして、豊田さんのように、住宅や建築を専門に学んだり、それを業としたりしてきた人ではなく、生活者としてのきちんとした美意識と、自分の育ったまちに対する熱い思いや危機感を持った人が、空間資源に働きかけて新しい暮らしの場を創り出す活動の中心にいることに、「やっぱり建築屋じゃなくて生活者だわ」の意を強くもしました。

 小津安二郎の代表作「東京物語」に出てくる尾道。60年以上前の映画の風景を思い出させる雰囲気を角角に残しながら、新しい時代の息吹がそこここで生まれているまち。この尾道のように、日本の各地で時代は確実に前に進んでいます。本当にわくわくさせられます。

(松村秀一)



なぜ豊田さんだけがこれを成し得たのか。

 NHK教育TV「グラン・ジュテ 空き家再生NPO 豊田雅子」 (2010.05.11)を見て以来、いつかお会いしたいと思っていた豊田雅子さんにお話を伺い、ご本人に尾道をご案内いただくことができた。

 再生された空き家が18件。シンボル的な存在になった「ガウディハウス」、子連れママの井戸端サロン「北村洋品店」、移住者向けのお試しレンタルの「坂の家」、尾道町家をリノベーションしたゲストハウス「あなごのねどこ」、 尾道の町と海の風景を堪能できるゲストハウス「みはらし亭」、また山手地区に増えた子ども達のための散歩がてらに行ける公園「空き地再生ピクニック」など、それぞれが、建築的な価値に加え、尾道の魅力を高め、地域での現代の生活を豊かにする新たな機能を持つ場を着実に増やしているのが素晴らしい。訪問時に作業中だった元旅館「松翠園」の50畳の大広間が完成したらこれまでできなかった大人数のイベントもできるだろう。

 さらに、マッチングによる移住の成立がなんと100件(うち半分は県外から)。NPOの正社員はじめ雇用も生み出している。尾道空き家再生プロジェクトは、グラン・ジュデ放映の頃より確実にパワーアップし、実績を積み重ねていた。

 再生したスペースを使った活動のアイデアも魅力にあふれている。特に注目したいのは2回目を迎えた「ライターズ・イン・レジデンス尾道」。小説家、漫画家、ブロガーなど、幅広い「現代の物書き」を募集し、ゲストハウス「みはらし亭」に滞在して創作してもらうプロジェクトである。特典として、カフェの割引券や地元紙での紹介等に加え、「尾道の愉快な仲間たちと交流できる」「近隣の猫に癒される」とあるのが微笑ましい。物書きならアーティストのような大きな制作スペースもいらない。これは各地で応用できる方法ではないだろうか。

 それにしても、なぜ豊田さん(だけ)がこれを成し得たのかと考えてしまう。豊田さんは海外旅行の添乗員として海外の地形を生かした個性ある街を幾度も訪問する中で、日本の都市のあり方に疑問をもつに至ったという。しかしそういうことに気づき、問題意識をもった人は他にも沢山いるはずである。何よりも専門家は、地域の文化や資産を生かした街づくりの重要性を主張してきたはずだが、実際に動いた例はほとんどなかった。

 とにかく、尾道が戦災にあわなかったこと、山手エリアが斜面地のため建て替えが進まず貴重な木造建築の資産が残ったこと、そして(廃屋になって失われた残念な事例が幾つもあることと思うが)、その資産を現代に生かし次の世代に引き継ぐ、尾道空き家再生プロジェクトという勇気付けられる実践が今進行中であることは、日本にとって幸運なことである。

(鈴木毅)

  PS
1)つるけんたろう「0円で空き家をもらって東京脱出」朝日新聞出版、2014
漫画家夫婦の尾道への移住記。空き家再生プロジェクトの様子がわかる。豊田さんも沢山登場。
2)古本屋「弐拾db」
元医院をリノベした古本屋。なんと夜11時から開店。あなごのねどこから歩いて行ける。お勧めです。



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