講演+インタビューシリーズ『ライフスタイルを見る視点』


2.『犯罪予防とまちづくり』の紹介
横山(ゆ): 
犯罪学の本は沢山ありますが、街づくりや建築に関係した犯罪予防の本はまだ十分ではなく、特に海外の研究を体系的には紹介したものはほとんど見かけません。『犯罪予防とまちづくり(丸善)』(http://pub.maruzen.co.jp/shop/4621077325.html)は、建築や都市と犯罪予防に関わる広域の研究分野の知見をまとめたものですが、建築計画の研究者のほかに警視庁の犯罪心理学の研究者や建築研究所の都市計画研究者、環境心理学や緑地計画の研究者など、様々な分野の人が集まって翻訳したので、比較的目配りよく翻訳できたように思っています。

『犯罪予防とまちづくり(丸善)』
元のタイトルは“Planning for Crime Prevention: A Trans- atlantic Perspective”というものですが、ニューマンやジェイコブス以降の理論の系譜、あるいは近年の社会動向に基づいた米国と英国の最近の実践や政策を総覧するには最適の書だと思います。

前半は「CPTED」「状況的犯罪予防」「合理的選択理論」「ルーチン・アクティビティ理論」「環境犯罪学」などといった理論の系譜が、後半では、北米における「コミュニティ・ポリーシング」「マイアミ・ショアーズの街路閉鎖」「コンビニエンスストア条例」「ノース・トレイル・ゾーニング条例」「クリーン・カー・プログラム」「環境デザイン条例」、英国における「セキュアード・バイ・デザイン制度」「犯罪及び秩序違反抑止戦略」「ヒューム地区の再開発」あるいはCCTV(監視カメラ)の利用やALO(建築連絡官)という職種の設置とその役割といった、近年の取り組みの主要なところが一つひとつ成立の背景から紹介されていて、たいへん参考になりました。
松村:  お二人ともこの本を出す以前から犯罪に関心があったのですか?
横山(勝):  なかったですね。マスコミで防犯の問題が取り上げられたとき、建築分野ですぐ思いついたのがオスカー・ニューマンの『まもりやすい住空間』でした。これは建築決定論とみなされていましたよね。つまり、建築の作り方で犯罪を無くすことができるという考え方です。20年ほど前、僕らが勉強したときは、環境心理学の視点からの批判対象として出会った理論です。
松村:  簡単に言うと、建築の形をいじってみたところで犯罪が減ったり増えたりすることはないのではないか、という批判ですね。
横山(勝):  ニューマンの理論は72年に発表されたので、僕らが勉強した時点で10年くらい経っていたわけです。でも、その後に建築と防犯に関して、どんな議論があったのかと考えてみると、ほとんど思いつかない。そこで、きちんと理論が書かれている本を読もうということになり、どうせなら最新理論を紹介するために翻訳出版までしようということになりました。
横山(ゆ):  もう一つ加えるとすると、アメリカ人のニューマンは、身近な問題として自国の集合住宅を取り上げました。でも、ヨーロッパには違った防犯のあり方があるように感じたことも、この本を取り上げた理由としてあげられると思います。ニューマンの研究が実証的で信頼性のある研究であることは疑いの余地がありませんが、アメリカの特定の地域から生まれた防犯理論です。もう少し違った防犯理論も併せて紹介しているものがあるといいなと考えたわけです。この本は珍しくアメリカ人とイギリス人が一緒に書いた本なので、両国の社会背景も含めてきちんと相対化ができていると思います。
松村:  日本の住宅業界の関心は限られていて、犯罪といってもほぼ空き巣に限定されます。おそらく、住宅展示場で住宅メーカーに防犯対策を聞いてみても、塀が高いと隠れる場所になって良くないとか、ロックは必ず2重にとか、割られないように合わせガラスを使いますといった感じでしょう。

つまり、住宅の中に人が勝手に侵入できないようにすることを防犯と呼んでいる。今年の3月から品確法の性能表示項目にも防犯性能が加わりましたが、これも同様ですね。こうした対策は、犯罪予防とまちづくりの全体像の中で、どのような位置づけになっているのでしょうか?
横山(勝):  標的となる住居を強くするという対策ですね。「標的の強化(target hardening)」と訳したのですが、当然、これも防犯理論に入ります。しかし、それが全てではありません。本書の3章「歴史に学ぶ」で著者が言っていることは、いくら対策を講じても必ずそれを上回る武器が出てくるということです。サムターン回しなどと同じですね。結局、標的がある限り侵入を試みる者は現れる。
横山(ゆ):  またさらに、防犯対策がばらばらに底上げされると、相対的に弱い標的が狙われます。そうなると、近隣の家々との競争という問題になりますから、先が苦しいですよね。個々の家の防犯ばかりではなく地域の防犯を同時に心がけた方が、リーズナブルな結果になるのではないでしょうか。
鈴木:  海外では地域を安全にしようという流れが主流なのですか?
横山(ゆ):  個々の話だけではないですね。それと同時に、地域をどう考えていくかことが重視されています。防犯計画ばかりではなく、その他の環境計画でも、個々の計画のみを扱えば良いというわけではないじゃないですか。

そこで防犯上は鍵を握るのが「監視」(surveillance)という概念になると思います。それぞれの家がそれぞれの範囲のみを監視するのではなく、ある程度は公共の範囲までも見守る。つまり、家を含めて地域が安全になるという方向での監視が必要だと思います。



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