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ニュータウンは「ウォーカブル」か?

はじめに

 近年、まちづくり分野で「ウォーカブル」という語をよく耳にするようになりました。これは「ウォーク=歩く」と、「〜できる」という意味のエイブル (able) を合わせた形容詞で、「歩きやすい」、さらには「歩きたくなる」という都市の特性を表す語として使われています。
 ここでは、小学生のお子さんを持つ方による近隣の「ウォーカビリティ」(ウォーカブルの名詞形です)の評価が、市区町村ごと、地域ごとにどう異なるか見てみます。その地域差を踏まえて、後半では、高度成長期に開発されたニュータウンに着目します。

ウォーカビリティの測定

 2020年11月、調査会社に登録された千葉県在住のアンケートモニター1497人を対象として、オンライン調査を実施しました。近隣の「ウォーカビリティ」を評価してもらうために、各国で使われている「近隣歩行環境質問紙」(NEWS: Neighborhood Environment Walkability Scale) の簡易版の調査項目を用いました[1]。調査項目は以下の4つに分類されます。
 (1) 歩道の整備:「近所のほとんどの道には歩道がある」「近所の歩道は、ガードレールや段差で車道と区別されている」など3項目
 (2) 景観:「近所には、子どもが歩いて楽しい景色が多い」「近所には、子どもが見て魅力的な自然の景色が多い」など4項目
 (3) 交通安全性:「自宅周辺を通る車は、ゆっくりと走っている」「近所の交通量の多い通りには、歩行者のために横断歩道、信号機がある」など7項目
 (4) 犯罪安全性:「近所は犯罪率が高い」「不審者のおそれがあるので、自宅周辺で子どもをひとりで遊ばせるのが不安だ」など6項目
の4択で回答し、上の4分類ごとに平均値を算出しました(1〜4点で値が大きいほど高評価)。回答者の自宅の郵便番号から、居住地がどの市区町村にあるか、ニュータウン内かどうかを判断しました。

5つの大規模ニュータウン

 千葉県内には、1960年代後半から1970年代前半に、東京のベッドタウンとして建設されたニュータウンが多く存在します。一般にニュータウンの特徴として、統一された景観、計画的に整備された公園・緑地と、それらをつなぐ歩行者専用の緑道が挙げられます。こうした特徴は、近隣環境に対する保護者の評価に影響すると考えました。そこで、分析にあたっては、表1に示す5つの大規模ニュータウンに着目しました。

表1:分析で着目した5つの大規模ニュータウン

※新住:新住宅市街地開発事業、区画整理:土地区画整理事業、その他:公有水面埋立事業他、公的一般:公的主体による住宅・宅地開発事業で、新住宅市街地開発事業、一団地の住宅施設、開発許可、土地区画整理事業、その他のいずれの手法にもよらないもの
出典:国土交通省『主な大規模ニュータウン』

市区町村別の集計結果

 市区町村単位で平均化した4分類の「ウォーカビリティ」の評価を、図1〜4に示します。回答者数が5人未満の市町(白色)を除いた全市区町村の平均値 (μ)、標準偏差 (σ) をもとに、各市区町村の評価を5段階で色分けしました。「景観」(図2)と「交通安全性」(図3)の評価が高い千葉市美浜区、印西市はニュータウンのある自治体です。「歩道の整備」(図1)が高評価な自治体には、上記2市区に浦安市が加わります。「犯罪安全性」(図4)の評価が高いのは、千葉ニュータウンのある印西市と白井市です。このように、やはりニュータウンのある市区でウォーカビリティの評価が高そうです。一方で、市原市と成田市にはニュータウンがありますが顕著に高評価とは言えませんでした。ニュータウンの規模に対して市域が大きいため、市単位で平均化すると特徴が見えづらいのかもしれません。


図1:市区町村別のウォーカビリティの平均評価(歩道の整備)
※1〜4点で値が大きいほど高評価(図2〜4も同様)

図2:市区町村別のウォーカビリティの平均評価(景観)

図3:市区町村別のウォーカビリティの平均評価(交通安全性)

図4:市区町村別のウォーカビリティの平均評価(犯罪安全性)

ニュータウンは「ウォーカブル」か?

 そこで、市区町村に関係なく、ニュータウンに居住する152人と、その他の1345人の近隣環境の評価を比較しました。図5に示す通り、「ウォーカビリティ」の4分類すべてにおいてやはりニュータウンが高く評価されていました。いずれも統計的に有意な差で、特に「歩道の整備」や「景観」において両者に大きな差が見られました。


図5:ニュータウンと他地域のウォーカビリティの平均評価
※括弧内は回答者数、エラーバーは標準偏差を表す

 5つのニュータウンを個別に見たのが図6です。「歩道の整備」の評価が最も高い成田ニュータウンでは、土地を全面的に買収(収用も可能)して良好な住宅地を整備する「新住宅市街地開発事業」という手法が用いられました。この事業手法によって、歩きやすい歩道が整備されたと考えられます。「景観」の評価が最も高い市原ニュータウンは、事業主体である日本住宅公団(現・UR都市機構)によって、魅力的なまちなみが創出されたのかもしれません。「交通安全性」と「犯罪安全性」の評価が最も高い千葉ニュータウンは、全国的に見ても大規模なニュータウンのひとつです。スケールメリットを活かした、安全・安心なインフラ整備が可能だったのでしょう。

図6:各ニュータウンのウォーカビリティの平均評価
※括弧内は回答者数、エラーバーは標準偏差を表す

おわりに

 予想通り、ニュータウン居住者は他地域に比べて、近隣のウォーカビリティが高いと認識していました。同じアンケートのデータを使った研究では、近隣の交通安全性や犯罪安全性が、徒歩通学する児童の割合と関連していることが分かりました [2]。また、歩数計のデータを用いた横浜市での研究では、ニュータウンの特徴である交通安全性が、特に高齢者の歩数の多さに関連することも分かっています [3]。ニュータウンの建設開始から約50年が経過し、各地でその再生が課題となっています。新たな魅力を付け加えることも大事ですが、歩きやすく、歩きたくなる「ウォーカブル」な環境の維持にも意を用いて欲しいと思います。

出典

1) 井上茂・大谷由美子・小田切優子・高宮朋子・石井香織・李廷秀・下光輝一(2009)「近隣歩行環境簡易質問紙日本語版 (ANEWS日本語版) の信頼性」、体力科学 58(4), pp.453-462.
2) Kimihiro Hino, Erika Ikeda, Saiko Sadahiro, Shigeru Inoue, (2021) "Associations of neighborhood built, safety, and social environment with walking to and from school among elementary school-aged children in Chiba, Japan", International Journal of Behavioral Nutrition and Physical Activity (18), 152.
3) 森田洋史・樋野公宏・山田育穂・薄井宏行・野原卓・浅見泰司(2022)「近隣住環境と中高齢者との歩数の関係 交通安全性の観点から街路構成に着目して」、日本建築学会計画系論文集 (791), pp.133-139.

文責:樋野公宏