人の流動性変化とまちなみ

はじめに

 新型コロナウイルスの世界的流行は近年において初となる人の交流、移動を制限する事態に至りました。日常生活が大きく変わり、「ニューノーマル」が浸透していく中で都市のまちなみも大きく変わっていきました。そこで今回はまちなみを考えるにあたって、人の行動という観点に新たに着目してみたいと思います。人の行動や流動性の変化とまちなみにどのような関連があるのかを探っていきます。

分析方法と分析の流れ

 今回は人の流動性変化を見るために人の流れデータを用います(人の流れプロジェクトホームページ参照)。このデータはパーソントリップ調査(注)に基づき、1分ごとの人の属性・位置情報・移動手段等を集計・推測したものです。今回は1998年と2008年の東京都のデータを用い、2時点の人の流動性変化を見ていきたいと思います。
 ここで流動性とは何でしょうか。人の流動性は多岐にわたる概念であるため、一概に述べることは出来ませんが、今回はトリップに着目したいと思います。トリップとは交通分野における基本的な概念の一つで、人がある目的を持って起点から終点へ移動する際の、一方向の移動を表すものです。例えばある人物が世田谷区の自宅から新宿区にある職場に向かった場合、これは世田谷区の自宅を出「発」して新宿区の職場に到「着」したトリップとみなすことができます。このトリップは世田谷区から見ると発トリップであり、新宿区からみると着トリップとなります。このトリップは後程出てきますので、頭の片隅に入れておいてください。


図1:トリップとは(京阪神都市圏交通計画審議会ホームページより)

 今回はまず東京23区全体の人口分布やトリップ分布の変化を俯瞰的に見た後、区ごとの変化に着目します。そして筆者の良く通う文京区にフォーカスし、まちなみと人の流動性について考えていきます。

(注)パーソントリップ調査:「どのような人が」「どのような目的で」「どこからどこへ」「どのような交通手段で」移動したかなどを調べる調査(国土交通省ホームページより)
(注)本研究では使用した空間座標系の関係で一部の図に歪みがあるように感じられるかもしれませんが、分析内容に影響を与えるものではありません。

分析結果

東京23区

 まず、東京23区全体の変化について見ていきましょう。図2、図3は1998年から2008年までの10年間の人口分布の変化を示したものです。図2が昼の13時の人口分布について、1998年と比較した際の2008年時点での相対的な増減、図3が夜の21時について1998年と比較した際の2008年時点での相対的な増減を示しています(1998年と2008年の人の流れデータセットから、2時点の人口比に沿うようにランダムに抽出したデータから作成したカーネル密度推定(注)の値の差分を示しています。13時と21時のそれぞれの時点における値の差分を示しています。)。
 1998年から2008年にかけて色が赤いほど10年間での増加量が大きく、色が青いほど10年間での減少量が大きいことを示しています。


図2:13時の人口分布変化


図3:21時の人口分布変化

 昼間人口は港区・中央区・千代田区あたりでの増加が著しいです。10年間での都心部でのオフィス面積の増加等に伴う就業人口増加が背景にあると考えられます。一方で新型コロナウイルスの影響で、今後はテレワークの発達などによりこの赤い地域は青くなっていくかもしれません。
 夜間人口に関しても昼間人口ほどではないにしろ、似たような地域が赤くなっています。残業人口の増加やタワーマンションの増加などに代表される都心居住、都心部での飲食行動の活発化などを示していることが推察されます。


図4:東京23区(Wikipediaより)

(注)カーネル密度推定:有限の標本点から全体の分布を推定するノンパラメトリック手法の1つ

 続いてトリップの変化を見ていきましょう。図5と図6は午前(7時〜12時)の時間帯のトリップ数の変化を示しています。図5が発トリップ(どの地点を出発したか)分布の10年間での変化、図6が着トリップ(どの地点に到着したか)分布の10年間での変化です。なおこの図も発トリップ、着トリップそれぞれにおける1998年と2008年でのカーネル密度推定の値の差分を示しています。


図5:午前発トリップ変化


図6:午前着トリップ変化

 首都圏における平日の午前の時間帯の主な移動目的は通勤・通学です。発トリップの都心部での増加は1998年から2008年にかけての都心居住の増加、港区・大田区・江東区での着トリップの増加は該当地域での就業者の増加を表していると考えられます。
 これらの増加にはどういった背景があるのでしょうか。1998年から2008年における都心部での開発といえば、六本木ヒルズ(2003年)、東京ミッドタウン(2007年)、お台場・豊洲エリアの臨海副都心(2000年前半)などが挙げられます。こういった開発はオフィス面積や住居面積の急増に繋がります。実際、図5では豊洲などの臨海エリア、図6では六本木などの港区エリアでトリップが増加しており、こういった背景が増加の一因となっていることが考えられます。

 続いて23区ごとに変化を見てみましょう。図7、図8は1998年から2008年における各区の人口変化率とトリップ変化率との関係性を示す図です。ここで人口変化率とは、各区の1998年の人口を1とした場合の2008年の人口の相対的な変化量、トリップ変化率とは1998年の各区のトリップ数を1とした場合の2008年の相対的な変化量を示します。(例えば人口が2倍になった場合は変化率は1であり、変化がなければ変化率は0となります。)


図7:昼間人口変化率と昼間着トリップ変化率との関連


図8:夜間人口変化率と夜間着トリップ変化率との関連

 赤字で示されている区が人口変化量に比べてトリップ変化量が正に大きい、つまり10年間で1人あたりの移動回数が増加した区を示しています。青字の区はその逆です。これは言い換えると、ある意味で赤字の区は流動性が増加し、青字の区は流動性が減少した、ともいうことが出来るかもしれません。

 昼と夜の流動性変化についてまとめると下の表のようになります。

表1:東京23区の昼夜の流動性変化の分類


 例えば、千代田区や中央区は昼、夜のどちらにおいても流動性が減少しています。この2区は大手町に代表されるような業務オフィスが集結している地域です。1998年から2008年の10年間といえばITバブルが発生した時期でした。オフィスにインターネットが導入され、一部のオフライン作業がオンライン作業に切り替わっていった時期と言えます。このワークスタイルの変化は2区の流動性が減少している一つの要因でもあるかもしれません。
 2020年は緊急事態宣言の発令などもあり、人の流動性が極端に減少した1年でした。上の図でいうと、ほぼ全ての区が青字で示されるような変化を示すと推察されます。

文京区

 ここまで東京23区全体に着目してきましたが、なかなかスケールの大きな話となってしまいました。そこでよりまちなみと関連した話をするべく、23区の中でも筆者の土地勘のある文京区にさらに着目してみたいと思います。

 文京区と聞いて何を思い浮かべますか。東京ドーム、ラクーア等の商業施設や東京大学、東京医科歯科大学などの大学を思い浮かべる人も多いかもしれません。しかしそういった施設だけでなく、実は住宅地が大半を占めている地域でもあります。
 それではまず人口変化について見ていきましょう。23区での変化と同様に、図9が13時の人口分布の変化、図10が21時の人口分布の変化を示しています。こちらも赤色が濃いほど増加が大きく、青色が濃いほど減少が大きいことを示しています。


図9:文京区の13時の人口分布変化


図10:文京区の21時の人口分布変化

 昼間人口に関しては千石1丁目、千石2丁目が大きく増加しています(図9の赤丸部分)。この地域は都営三田線千石駅前のエリアで、小石川植物園や小中学校などが隣接している住環境に優れた地域です。近年から集合住宅の開発が進行しており、そういった背景が人口増加に関連していると推測されます。


図11(左図):千石1丁目付近、図12(右図):後楽園駅付近

 また夜間人口については後楽1丁目、本郷1丁目で大きく増加しています(図10赤丸部分)。ここは東京ドームシティが位置する地域で、1998年から2008年の出来事といえば、2003年に東京ドームが日本ハムから巨人の本拠地となり、元の後楽園遊園地だった場所にラクーア(複合的商業施設)がオープン、さらには園内がフリーゲート化(チケットなしでの入場が可能な形態)されました。こういった背景から利用者が大きく増加したことが推測できます。

 続いてトリップの変化を見ていきましょう。図13、図14は午前の時間帯の発トリップ・着トリップ変化を示しています。

図13:文京区の午前発トリップ変化


図14:文京区の午前着トリップ変化

 発トリップは本郷7丁目で大きく増加していることがわかります(図13赤丸部分)。この場所は東京大学が位置する場所で、午前中に大学を出発する教職員・学生が増加していることを示しています。
(注)本郷7丁目は人口自体が小さいので、変化率の分母が小さくなった結果変化率の差が大きく見えてる可能性があるので、一概に増加したということはできません。

 着トリップについてはほぼ全ての地域で減少しています。文京区は都心回帰の影響で1999年に人口が増加に転じ、その需要に見合ってマンション開発が積極的に行われるようになりました。東京23区の午前中の主な移動は通勤・通学によるものです。住宅地の増加による業務地等の減少がこのような結果となって見えているのかもしれません。

図15(左図):東京大学、図16(右図):本駒込駅付近

(注)図15は東京大学ホームページより

おわりに

 今回は1998年と2008年の人口分布やトリップ分布の変化に着目し、人の流動性という側面からまちなみについて考えてみました。地域ごとに様々な変化の形態があり、興味深い結果となりました。この分析では1998年、2008年のデータを用いたのですが、最新のデータを用いるとまた変わった結果になるかもしれません。特に2020年は新型コロナウイルスの流行やそれに伴うテレワークの推進で人の流動性が極端に減少した一年だったので、その影響が顕著に出てくるはずです。このように社会の変化に着目し、人の流動性やまちなみについて考えてみるとより深い理解に繋がるのではないでしょうか。

謝辞

 本研究は東大CSIS共同研究No.971 の成果の一部です(1998年・2008年東京都市圏 人の流れデータセットを利用)。ここに記して謝意を表します。

参考

1) 薄井 宏行, 鈴木 淳郎, 浅見 泰司, 小泉 秀樹 (2010). 建物用途と階数の違いに着目した建物延床面積の変化の把握.Discussion Paper, 101, Department of Urban Engineering, University of Tokyo.

文責:貫井玲音、藤松駿

写真収集:貫井玲音