まちなみと名称 その3~建物名称による空間イメージの広がり~

1.はじめに

これまで,建物名称を手がかりにして,東京23区の地域イメージの広がりを可視化してきました.ひとつは「地域や建物の名称によるイメージの形成」と題して,東京23区内の地域名称の広がりを分析し,もうひとつは「地域名称による空間イメージの広がり」と題して,それぞれの建物立地が分かる地図で地域名称の空間イメージを掴みました.
これまでの分析では,建物名称から地域イメージの分布が次第にわかってきましたが,建物名称自体の「流行」に着目したとき,建物の分布はどのように可視化出来るでしょうか.例えば,マンション・アパート等の集合住宅では「○○荘」「メゾン○○」などの建物名称がつくことが多いですが,その立地や築年数との関係はあるのでしょうか.ここでは,建物固有の名称について築年数との関係を調べ,その分布を可視化してみましょう.

2.方法と利用データ

この分析では,アットホーム株式会社から提供を受けた,賃貸住宅情報を利用します.2008?2011年のうち,「貸アパート」に分類される物件について,部屋や掲載時期の重複を省いた棟単位のデータを作成しました.

建物名称について,1,000棟以上のサンプルがある「荘」「ハイツ」「メゾン」「パレス」を対象としました.棟数は,「荘」5,163棟,「ハイツ」7,133棟,「メゾン」3,091棟,「パレス」1,427棟となっています.「荘」という少し古めかしい名称もいまだ健在なのですね.
ここでは,2つの分析を行います.まずは,各建物名称がつけられている物件について,築年数の分布を調べてみます.次に,「カーネル密度」とよばれる,物件の密度分布を可視化する手法を使って,各建物名称の分布を調べます.なお,カーネル密度推定のバンド幅/ラスタサイズはGISソフト(ArcGIS)のデフォルト値としました.

3.結果

まず,各建物名称がつけられている物件について,築年数の分布をグラフ化してみます(図1).横軸は築年数(左にいくほど古い物件,右に行くほど新しい物件),縦軸は棟数を示しています.
築年数の分布のピークをみると,「荘」が最も古く(築35?45年ほど),新しい物件では,殆ど使われていない名称であることが分かります.ただし,全体数としては「荘」という名称がつけられた建物が多く,古い住宅が多く残っていることの表れなのでしょう.

続いて「ハイツ」が続きます(築25?30年ほど).「荘」は「ハイツ」に取って代わったかのような建物棟数の傾向があり,同価格帯アパートでの名称の一盛一衰があるのでしょうか.「メゾン」と「パレス」は,築25?30年ほど,築10年ほど,のあたりに2つのピークがあり,比較的最近であっても使われている名称であるようです.


図1:各建物名称をもつ物件の築年数の分布

次に,「カーネル密度」とよばれる,物件の密度分布を可視化してみます(図2).濃い茶色の地域にその建物名称をもつ物件が多く分布しており,色の薄い(黄色)の地域にはほとんど物件が分布していないことを示しています.
 古い名称である「荘」は,比較的都心近く(内側)に分布しています.比較的新しい名称である「ハイツ」「メゾン」「パレス」が比較的外側に分布しているのと比べると,都心から郊外への都市拡大の形跡を表しているといえそうです.「荘」は,豊島区大塚を中心とした集積も特徴的です.
「ハイツ」は,高円寺や小岩,葛西といった東京23区外延部の鉄道駅を中心とした集積がかすかに見られます.また,東京メトロ丸ノ内線の新宿・荻窪間の沿線でも比較的高い建物密度の分布がみられます.「荘」も「ハイツ」も高円寺から下北沢に渡って建物密度が大きく,いわゆる木賃ベルト地帯に古めのアパートが集積していることがうかがえます.しかし,「荘」に比べて「ハイツ」の集積は比較的新しく開発された地域に移動しているようにみえます.
「メゾン」は,中央線荻窪・中野間と京王線明大前・笹塚間といった他の名称とも共通する箇所以外の目立った集積個所はなく,バランスよく広がっている様子が読み取れます.しかし,東京23区中心部での集積はほとんどみられず,外延部で多く使われている名称のようです.
「パレス」は,練馬区における都営大江戸線・東京メトロ副都心線間の地帯(光が丘・平和台・赤塚周辺)の集積が特徴的です.また,下北沢周辺に集積は見られず,笹塚駅と中野駅の中間地域に多く集積がみられます.






ハイツ



メゾン



パレス

図2:各建物名称をもつ物件の密度分布(緑色線:JR線,灰色線:民間鉄道,地下鉄)

4.おわりに

マンション・アパート等の集合住宅場合,「○○荘」「メゾン○○」などの建物名称がつくことが多いですが,その立地や築年数との関係を調べてみました.結果,建物名称には一定の傾向があり,図2の建物名称密度の違いに反映されているようです.それでも,「荘」といった古い建物名称が23区内の大半の地区に分布しているように,建物名称と地区に強い相関があるとは言い切れないようです.おそらく,建物が建て替わるまでには,何十年という長い年月がかかるからなのでしょう.これからはどのような名称をもつ建物が増えていくのか,まちを歩きながら新しい建物名称の「流行」を発見してみるのも面白いかもしれません.


(文責:鈴木,馬場,山村)