写真 3:ベンチとしても活用されている雁木 (筆者撮影)
3. 「保存」か,「生活」か
2017年には近世の町家の特徴を色濃く残していることが評価され,鞆町の中心部約8.6haが伝統的建造物群保存地区に指定されています.しかし貴重な町並み・景観や古くから続く町割が評価されている一方で,開発を免れてきたからこそ,生活利便性の低さが度々地域の課題として挙げられています.本地域では,交通利便性の向上を目的として海岸の埋め立て架橋計画が持ち上がったことがあり,生活利便性と景観のどちらを取るかで住民の意見が二分されたことがありました.
この一連の騒動では,宮崎駿など著名人も計画への反対意見を表明したことから,全国的な議論を巻き起こしましたが,当時の首都大学東京による住民意識調査では生活利便性を求める住民が多数派だったことも明らかにされており,景観に関する運動には珍しく,住民が計画に賛同している構図でした.(参考文献5)現在で様々な協議を経た結果として,計画は中止され,地域全体として町並み保全が行われていますが,町並みの「保存」を目指すだけではなく,住民の「生活」にも目を向ける姿勢は忘れてはならないでしょう.
2020年7月30日には福山市鞆町町並み保存拠点施設である「鞆てらす」(写真4)が開設されていますが,観光客に対して鞆の浦の文化・歴史を伝えると同時に,施設内には空き家の利活用や伝統的建造物等の修理方法・補助制度に関する複雑な手続きに関する相談スペースを設けるなど,行政として地元住民のバックアップを行う体制が整えられています.今後も鞆の浦の文化・景観を継承するためにも,行政には継続した支援を行い,「保存」と「生活」の双方を両立させていく姿勢が求められていると言えるでしょう.
写真 4:町家を修繕・増築して造られた鞆てらす (筆者撮影)
◆参考文献
<論文>
1. 阿部由香里et al. (2021) 「景観紛争を乗り越えて実践される鞆の浦の町並み保全型まちづくりの現状と計画的課題」, 都市計画論文集,56(3),pp. 508–515.
<リーフレット>
2. 福山市教育委員会事務局 文化財課,「町並みの魅力」
3. 福山市教育委員会事務局 文化財課,「福山市鞆町伝統的建造物群保存地区散策ガイド 鞆の浦を歩こう」
4. 福山市経済環境局文化観光振興部文化振興課,「福山市鞆町町並み保存拠点 鞆てらす」
<新聞記事>
5. 読売新聞,「賛成派65%、反対派21%」,2009年4月22日.
[補注]
(1)船の出入りを誘導する灯台
(2)海や湖に岸から細長く突き出た堤
(3)潮の満ち引きに関係なく船を着けることが出来るように岸に作られた階段状の構造物
(4)船の出入りや安全を管理・監督する船番が待機していた事務所
(5)船を長持ちさせるために,木造船の船底に付着したフジツボなどの貝類や海藻・船虫などを焼き払い乾燥させていた作業場
(文責: 大嵜一輝)