千葉県富里市-農業資源を活かしたまちの拠点づくり-

◆はじめに

千葉県冨里市は、県庁所在地である千葉市からおよそ25kmの距離にあり、千葉県北部中央の北総台地の中央に位置する人口約5万人の自治体です(図1).日本の空の玄関口である成田空港の裏側に位置しており、成田市への通勤率は約28%となっています。総土地面積約5,390haのうちのおよそ45%が耕地であり、ほとんどが畑として利用される田園地域です。
富里市は「馬とスイカの里」として知られています。富里市の位置する北総台地は関東ローム層の火山灰土質であることからもともとは耕作に適した土地はありませんでした。そのため江戸時代には野生の馬を放牧する土地とされ、馬を確保するための牧場「牧」を守る牧士という身分が作られました。このような歴史から現在は競走馬の生産地・養老馬の受け入れ先としての特色を持ち、観光客が馬と触れ合える牧場が市内に多く経営されています。
昭和初期から土壌に適した品種改良が積極的に行われ、栽培技術の向上が続けられてきました。特に内陸性気候である冨里市では昼と夜の温度差が大きいとされ、この温度差により甘いすいかが作りやすいことから、国内有数の「スイカの里」として知られています。毎年収穫期となる6月には、「すいかまつり」や「スイカロードレース」が開催されています。


図1:富里市の位置と土地利用図(国土地理院 地理院地図vectorを用いて筆者が作成)


図2:スイカ・競走馬の里を表す富里市立図書館のミュラル

◆トピック1: 駅のない自治体にはじめて生まれた観光・交流拠点

市のマスタープランでも言及されるように、富里は国内でも珍しい「鉄道駅のない自治体」です。明治期に成田鉄道による路線が存在しましたが、戦前に路線廃止となったため「幻の軽便鉄道」と呼ばれています。そのため公共交通のアクセシビリティが低く、まちの中心性が希薄であるといった課題があります。このような中今年6月、冨里市ではじめてとなる観光・交流拠点施設となる「末廣農場」がオープンしました(図3)。施設名は大正から昭和にかけて農牧事業の発展に貢献した試験農場を継承しており、包括連携協定を結ぶ日本大学芸術学部の協力により管内のデザイン・ロゴが制作されました。
地域の農畜産物の販売コーナーには、生産者の取組を紹介するパネルやパンフレットが多く置かれており、生産者と消費者をつなぐ工夫が随所に見られました(図4)。また館内には農牧事業を支えた岩崎久彌の歴史を紹介する観光ガイダンスコーナーが設置されていました(図5)。その他、末廣農場の屋外空間や通路は地域のイベントなどに利用できるようになっており、イベントを告知するポスターや展示品などが見られました(図6)。


図3:末廣農場の外観


図4:市内の農畜産物・加工品を販売するエリア


図5:近代農場の資料が閲覧できるガイダンスコーナー


図6:地域イベントスペースとして利用が可能な館内の通路

◆トピック2:「農福連携」と「営農型太陽光発電」を取り入れた農園

末廣農場に収穫野菜を届けている農業団体のひとつが、NPO法人夢のカタチふぁーむです。冨里市の東部の御料地区に耕作地を有しており、八街市の中心部に本事務所を置いています。
夢のカタチふぁーむでは、地域の障がいのある人や生活訓練を要する人々の働く場を創出することを目的とした「農福連携事業」を行っています。障がいのある人が共に地域で暮らすためのグループホーム事業を2016年より実施していたところ、地域で有機農業の技術提供・出荷支援を行う「ちば風土の会」から2019年に農福連携の打診があったことから、事業を開始しました。農園の野菜は有機JAS認証を受けており、少量多品目の野菜ボックスの宅配による収入増を目指しています。農園は食や農業に関心を持つ地域住民がスタッフとなり、障害のある人・ない人が共に働けるコミュニティの形成を目指しています(図7)。
さらに農園の一部の農地に遮光に配慮した太陽光パネルを設置し、営農を行う「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電」」と呼ばれる設備を取り入れている先進的な農園です(図8)。下部空間では日射をそれほど必要としない作物(ブルーベリーなど)を育てています。ソーラーシェアリングの利点として、災害時の近隣住民への電力の供給があり、夢のカタチでも非常時に利用が可能になっています。一方、設備の設置にあたる懸念として、下部空間の営農環境への影響と地域への影響があります。実際に2019年の台風によって現場のソーラーシェアリングが倒壊したため、より頑丈な構造にするため、風の影響を受けにくいパネルの角度に変更したことがわかりました。新たな技術の導入と人のつながりの醸成を両立する取り組みとして、現場のスタッフの方々から興味深くお話を聞くことができました。


図7:夢のカタチの畑の様子


図8:夢のカタチに設置されたソーラーシェアリング設備

◆謝辞
視察のご協力をいただいた夢のカタチふぁーむ代表の二階堂様はじめスタッフの方々に御礼申し上げます。現地の写真については、岡澤由季さんが撮影した写真を一部活用させていただきました。

◆参考文献

[1]「東京の待機児童数、二年ぶり増加 前年比652人増」朝日新聞、2016年7月19日。
[2]「富里すいかを市と一体で盛り上げ 千葉県・JA富里市 都市近郊の野菜産地確立」農業協同組合新聞、2022年4月21日 https://www.jacom.or.jp/noukyo/closeup/2022/220421-58427.php
[3]「わがマチ・わがムラ グラフと統計でみる農林水産業 基本データ:千葉県富里市」農林水産省 http://www.machimura.maff.go.jp/machi/contents/12/233/index.html
[4]「富里スイカについて」JA冨里市、アクセス日:2023年2月16日 https://www.ja-tomisato.or.jp/agriculture/watermelon_01.html
[5]「千葉県の観光:馬と牧羊のまち 富里市」ちばコレchannel、2012年3月28日 https://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/net-tv/kankou/fusanokuni-070523.html
[6]「『末廣農場』を観光と交流の拠点に【富里市】」チイコミ!、2022年5月19日 https://chiicomi.com/press/1906869/#:~:text=%E5%9B%BD%E7%99%BB%E9%8C%B2%E6%9C%89%E5%BD%A2%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1,%E6%99%B4%E3%82%8C%E3%82%84%E3%81%8B%E3%81%AB%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%B3%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
[7]「富里市観光・交流拠点施設「末廣農場」グランドオープン!」冨里市、2022年6月13日 https://www.city.tomisato.lg.jp/0000013100.html
[8]「NPO法人 夢のカタチふぁーむ」 https://peraichi.com/landing_pages/view/hatake/
[9]「千葉県の成田、匝瑳、八街を結んだ「軽便鉄道」とは 600ミリ線路を小型機関車が走る 8日まで成田市で展示」東京新聞、2022年5月2日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/174978
[10]国土地理院 地理院地図vector https://maps.gsi.go.jp/vector/#7/36.104611/140.084556/&ls=vstd&disp=1&d=l


(文責:別所あかね)