東金 ~保存と活用が息づく九十九里の在郷町~

◆はじめに
 東金市は、千葉県九十九里平野の中央部に位置する人口約5.7万人の市である。古く戦国期は酒井氏の城下町であったが、江戸時代には幕府の直轄領となり、徳川家康の鷹狩のための東金御殿と、船橋との間をほぼ一直線に結ぶ御成街道が造られた。以降、東金は九十九里の農産物や海産物が集まる在郷町として発展し、「上総の黄金町」と称された(1)。
 東金の旧市街地は、JR東金線の北側、下総台地の崖下に沿って伸びる東金街道に沿って、帯状に形成されている(図1)。本稿では、伝統的な町家建築や明治~昭和初期の洋風建築も多く残るこの旧道沿いの町並みを中心に紹介していく。

◆旧道沿いの町並み
 東金駅の西口に降り立ち、駅前の通りを進むと、突き当りに鮮やかな青色の洋風建築が目に入る(写真1)。実は、この建物は明治期に建てられ、郵便局のち商店として長く利用されていたが、閉店して放置されていたのを、2024年に最初の郵便局の姿に復元したものである。町の玄関口とも言える位置に建つこの建物は、今後、町のシンボル的な存在になっていくのではないだろうか。

写真1 旧東金郵便局(石井繊維)

 その少し北側にも、銀行風の柱型が入った近代建築が残っている(写真2)。一見石造りのようだが、木造モルタル塗りとして石造を模したもので、昭和初期の建築とみられている。「旧多田屋店舗」として国登録有形文化財に登録されており、昭和50年頃に喫茶店として改装された後、現在は「文化財カフェ」として利用されている。
 さらに、店舗横の通路を入った先には、水色の洋館が建っている(写真3)。こちらも昭和初期に東金税務署として建てられたもので登録有形文化財に登録されており、昭和48(1973)年以降は多田屋本社社屋として利用されていた(4)。多田屋は文化2(1805)年創業の千葉県最古の書店で、現在も東金市、千葉市などで書店を営んでいる。そして現在は、「文化財保存活用計画」という建築設計事務所の社屋として利用されている。実は、こちらの事務所は「町並み活用センター」として東金市内歴史的建造物や町並みを残していく活動を行っており、本稿で紹介する建物の保存や説明板の設置にも携わっているようだ(5)。説明板の設置は、平成29・30年度の東金市市民提案型協働事業「歴史的建造物の再生活用事業」として、町並みの見学会や、他地域でまちづくりに携わってきた専門家の講演と併せて実施されており、単なる保存にとどまらず、町並みの価値を多くの人に知ってもらうための活動が行われている(6)。駅からほど近いまちの中心地で、こうした歴史的な建物が大切に維持され利用されているのを見ると、市民に愛されている魅力的なまちだと感じられる。また、町並みは自然に維持されるものではなく、価値ある建物を活用し、保存するための取り組みによって形作られるものだと実感した。

写真2 旧多田屋店舗

写真3 旧東金税務署(文化財保存活用計画株式会社 東金事務所)

 旧道を歩くと、切妻平入の町家が多く見られる(写真4、5)。現在は住宅と見られる建物も多いが、かつては皆商家だったのだろうか。中には、なまこ壁を設えた重厚な店蔵建物も見られ、地域の中心地として発展してきた町の風格が感じられた。写真6の山下邸(八百平商店)は、明治16(1883)年に旧道沿いで発生した大火からの復興の際に建てられた建物の一つで、営業当時は日用品や食料品を揃え、まちの人々の生活を支えていたという。
 町並みの背後には、下総台地の東南端にあたる急斜面が控えている。台地の崖近くに町が形成されているのは、千葉県内の多くの町場に共通だが、東金は特に町並みと崖とが近く、しかも斜面が非常に急峻である。高低差約50メートルにも及ぶこの斜面は、町並みに緑を添えるとともに、崖線に沿って作られた東金の町を、現在も強く印象付ける。

写真4 旧道沿いの町家建築

写真5 看板のついた町家

写真6 なまこ壁を設えた山下邸(八百平商店)

◆八鶴湖とその周辺の歴史的景観
 街道から外れ、北西側の谷に入ったところに、八鶴湖という直径200メートルほどの小さな湖がある(写真7)。三方を丘陵に囲まれており、西側の山は酒井氏の東金城の跡である。また南側の湖畔は、家康の東金御殿があったという東金の歴史上重要な地で、現在は東金高校が立地している。

写真7 八鶴湖

 また、湖に面して明治18(1885)年創業の老舗旅館「八鶴亭」が建っている(写真8)。大正から昭和初期に建てられた本館、新館、宿泊館、浴室棟、ビリヤード棟の5棟が国の登録有形文化財に登録されている。木造3階建の新館は玄関から見てもかなりの迫力だ。

写真8 八鶴亭

 湖の最奥部には車道を跨ぐように鳥居が建っており、車も鳥居をくぐって通過していく(写真9)。この奥の丘の上にある日吉神社の一の鳥居である。案内に沿って、深い切通しの参道(写真10)をつづら折りに進んでいくと、神社にたどり着く。本殿まで続く表参道の両側には、径1メートルはありそうな大きな杉の木が並んでいる(写真11)。この杉並木は、元和元(1615)年に徳川家康が東金に来た際に植えられたものと推察されており、市の文化財に指定されている(7)。

写真9 日吉神社一の鳥居

写真10 日吉神社の切通しの参道

写真11 樹齢400年を超える日吉神社の杉並木

 八鶴湖の畔に戻り、今度は北東側の坂道を登っていくと、丘の上が公園になっており、展望台から町を一望することができる(写真12)。崖下に作られた東金の町を、崖の上から俯瞰することができる貴重なスポットだ。

写真12 山王台公園の展望台から望む東金の町

◆駅東側の新市街地と今後の展望
 最後に、駅東側のまちについても紹介する。東側は戦後にできた新市街地で、駅のすぐ近くに市役所や商工会館、ショッピングセンター等が並んでいる(写真13)。地方小都市でよく見られる構図ではあるが、駅を挟んで全く毛色の異なる町が近接しているのも、東金の面白いところの一つである。
 ところで、東金駅の東側には改札口がなく、東側から電車に乗るには跨線橋を渡って西口の改札に向かう必要がある。これだけならまだしも、東側の2番線から電車が発着する場合となると、改札に入った後もう一度構内の跨線橋を渡らなくてはならず、これが長年の懸案になっていた(8)。これを受けて、東金市は最近、2025年度末までに東口改札を整備する方針を固めており、駅の利便性は大きく向上しそうだ。さらに市では、駅構内にあるエレベーター付きの陸橋を自由通路とし、駅東西の回遊性を向上する取り組みも行っている(9)。市都市計画マスタープラン(10)において「駅東西エリアそれぞれの歴史、文化、商店街の景観などを活かした回遊性の高い商業環境を創出し、魅力ある中心市街地の再生を図ります。」と謳われているように、今後駅周辺の利便性が向上することで、東西の町の良さが引き出される形で、東金の魅力もさらに向上していくことを期待したい。

写真13 駅東側のショッピングセンター「サンピア」

(文責・写真:大草裕樹)

◆参考文献
(1) 東金市(2024):東金市勢要覧(リーフレット) https://www.city.togane.chiba.jp/shiseiyouran70/leaflet/#page=1
(2) 今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部 谷謙二(2000~2022年) https://ktgis.net/kjmapw/index.html
(3) 東金市歴史散策マップ | 東金市ホームページ https://www.city.togane.chiba.jp/0000000480.html
(4) 国登録有形文化財 多田屋本社社屋・店舗(ただやほんしゃしゃおく・てんぽ) | 東金市ホームページ https://www.city.togane.chiba.jp/0000004558.html
(5) 過去の実績 – 文化財保存活用計画株式会社 https://bunka-ke.com/%e9%81%8e%e5%8e%bb%e3%81%ae%e5%ae%9f%e7%b8%be/
(6) 平成30年度市民提案型協働事業 活動状況報告【町並み活用センター】 | 東金市ホームページ https://www.city.togane.chiba.jp/0000006098.html
(7) 市指定文化財 日吉神社表参道杉並木(ひよしじんじゃおもてさんどうすぎなみき) | 東金市ホームページ https://www.city.togane.chiba.jp/0000000454.html
(8) 千葉:東金駅待望の東口改札 :地域ニュース : 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/local/chiba/news/20240129-OYTNT50303/
(9) 東金駅、市負担で東口改札 構内陸橋の自由通路化も 25年度完成へ 工事費2億円、予算化方針 | 千葉日報オンライン https://www.chibanippo.co.jp/news/local/1160444
(10) 東金市(2021):東金市第2次都市計画マスタープラン https://www.city.togane.chiba.jp/0000009092.html