東祖谷落合集落 〜生活空間と観光空間が融合する秘境〜

◆はじめに

東祖谷落合集落は徳島県三好市東祖谷地域(旧東祖谷山村域)にある小さな集落です。吉野川支流の祖谷川が流れる深い谷を中心として、四国山地の斜面沿いに高低差約300mの集落が南北に形成されています。斜面にへばりつく民家と畑という独特な集落景観が祖谷の伝統的な姿を保っているとして、2005年に重要伝統的建造物保存地区に選定されました。祖谷地方には平家の落人伝説が残されています。文治元年(1185年)の屋島の戦いに敗れた平家一門の平国盛が、安徳天皇を奉じてこの地に再興を期したとの伝承があります。

写真1:東祖谷落合集落の全景

◆伝統的なまちなみとすまい

東祖谷落合集落の伝統的なまちなみは、斜面沿いに平地を造成するための石垣と農家住宅・畑です。長男が結婚すると、親は隠居屋を建てて生計を別にした習わしが1960年代まで続いていたため、造成された細い敷地に主屋・隠居屋・納屋が横一列に建ち並んでいました。しかし、実際に訪れてみると空き家や耕作放棄地が散見され、石垣よりもコンクリートの擁壁が目立ちます。

◆観光地へのシフト

 東祖谷地域は古くから農業を生業としていましたが、高度経済成長期に農業に代わって建設業および林業の従事者が増えました。1970年代後半以降に林業が衰退し、1990年代以降に公共事業の減少により建設業が打撃を受けたことで、2000年代からは観光復興を目指しています。もともと祖谷地方は徳島県有数の観光地ですが、観光の中心は大歩危・小歩危から西祖谷地域です。特に西祖谷地域は旧西祖谷山村時代から観光復興に取り組んでいて、有名な観光地である祖谷のかずら橋には年間30万人が訪れます。しかし、東祖谷地域への観光客は多くありませんでした。そこで、東洋文化研究者であるアレックス・カーのプロデュースによる観光まちづくり事業が始まりました。

写真2:祖谷のかずら橋

◆生活空間と観光空間の融合

観光施設の開発やオーバーツーリズムによる観光公害が近年問題となっていますが、東祖谷落合集落では地域住民の生活をあまり壊すことなく観光地化が成功していると思われます。実際、アレックス・カーによる観光まちづくり事業を評価する声は多いです。このような成功を収めている理由は、東祖谷落合集落は地域住民の生活を第一の観光資源として捉えていることにあると考えられます。商業的に観光地化された施設・景観ではなく、体験を通じた地域住民との素朴な交流を魅力としています。つまり、地域住民の生活空間と観光客の観光空間が融合しており、地域住民の生活を変えることなく観光客に魅力を提供できています。具体的な交流内容としては、地域住民との郷土料理の調理体験などがあります。 しかし、空き家とコンクリート擁壁からも分かるように、観光客が求めている東祖谷落合集落の生活と地域住民の実際の生活は必ずしも一致するとは言えません。観光客のニーズと地域住民の生活のバランスを上手く取ることが今後の課題となるでしょう。

◆おわりに

以上、東祖谷落合集落を観光の側面からみていきました。人口減少・高齢化による財政悪化を観光復興で乗り切ろうと考えている地域は数多くあります。東祖谷落合集落には観光復興のヒントが数多くあるように思われます。
◆参考文献

朝倉槙人,2014,生活空間への観光のまなざしと住民の対応 : 徳島県三好市東祖谷地域を事例として,人文地理,vol.46,no.1,pp.16-37. 三浦要一・増井正哉,2005,山間集落における農家住宅の住空間の変容―徳島県東祖谷山村落合の事例―,日本家政学会誌,vol.56,no.5,pp.317-328. 文化庁,伝統的建造物群保存地区,http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozonchiku/index.html,2019-1-26閲覧

(文責:伊藤)