長野県諏訪市 〜信仰の根付く温泉街〜

諏訪市は、長野県の中心部にある、諏訪信仰発祥の地であり、全国に約25,000社ある諏訪神社の総社、諏訪大社を有しています。同時に、温泉街としても有名です。東京から新幹線で向かうとまず降り立つことになる上諏訪駅では、駅のホームに足湯があるほどです。(写真1)


 写真1:上諏訪駅の足湯


また、諏訪市を代表する名所の一つに、諏訪湖があります。諏訪湖は県で最大の湖であり、「御神渡り」という神秘的な現象が観察する事ができます。これは冬の急激な気温の上下により凍った湖が音を立てて割れ、神様の歩いた跡と言われる氷の道ができるもので(写真2)、2012年2月に実に4年ぶりに、2013年2月にも続けて観測されました。諏訪の人々はその氷の割れ方から、農作、世相の吉凶を占い、湖を敬います。


写真2:御神渡り


以下では、この諏訪市の中でも、特に古くから温泉街として発展し、同時に、門前町としても栄えてきた事で独特のまちなみが形成された下諏訪町に焦点を当て、その様子を紹介します。


◆下諏訪町 〜中山道沿いを中心に〜

下諏訪町は中山道と甲州街道の合流点に位置します。中山道で唯一の温泉のある宿場町として栄え、さらに、諏訪大社の門前町でもありました。諏訪大社は、諏訪市内に計4つ存在し、下諏訪町には下社(春宮・秋宮)、上諏訪町には上社(前宮・本宮)があります。下諏訪駅に降りるとすぐ、「大注連縄」のオブジェを見ることができます(写真3)。これは後述の「御柱」と並び、諏訪大社を代表する要素の一つです。注連縄の下部からは、下諏訪温泉のお湯が出ており、このオブジェは、門前町かつ宿場町であるこの街の特徴をよく表しています。また、このオブジェのさらに大きなものを、諏訪大社秋宮の参道途中にある、「おんばしらグランドパーク」で見ることができます。(写真4)


写真3:駅前の注連縄オブジェ


写真4:巨大な注連縄オブジェ


下諏訪駅周辺は、低・中層のホテルや食事処、土産物屋が混在しています。中山道に沿って、諏訪大社下社秋宮の参道である大社通りを登っていくと、所々に足湯の施設があったり、建物の前に温泉水を利用したオブジェ(写真5)が数多くあったりと、随所でより温泉街らしさを感じとることができます。特に、大社通りの途中から一本脇道に入った坂の途中からは、古くから営業している旅館が多く立ち並び、昔ながらの宿場町といった街並みを見ることができます。(写真6)


写真5:わき出る温泉を利用したオブジェ


写真6:温泉街らしいまちなみ


その一角にある、御神湯「綿の湯」。昔は、ここに宿場町の中心となる問屋場がありました。ここから三方に旅篭・茶屋・商家が軒を並べ、街道から宿場内の見通しが出来ないようになっていました。この宿の前で、「宿場問屋場跡地」の看板と一緒に、不思議なものを発見しました。これは、「湯玉」といいます。(写真7)湧き出る綿の湯の源泉が、玉のオブジェをくるくると回転させています。ここには、諏訪の神話と温泉とつながりがあるいわれがあります。はるか昔、諏訪明神である建御名方神と、その妻八坂刀売神(ヤサカトメノカミ)が、諏訪の上社の地から下社の地に移ることとなりました。彼らが愛用していた温泉を綿に湿し、「湯玉」にしました。下社に着くときに、その湯玉を置いた所から、温泉が湧き出しました。それがここ綿の湯から各旅館に引湯され、周辺に下諏訪温泉街が形成されることとなった、というものです。


写真7:綿の湯と湯玉


◆諏訪大社と御柱 〜地域に残る重要な祭事〜

地域信仰にまつわる風習のうち、現在まで受け継がれている大きなイベントの一つに、「御柱祭」というものがあります。御柱とは、諏訪大社4社全ての社殿の四方に立つ、巨大な樅の柱です。(写真8)


写真8:御柱

なぜ神社の四隅に御柱が立っているのか、これには、諏訪地方まで逃げてきた健御名方命(タケノミナカタノミコト)を外に出さない結界ではといった説や、諏訪の土着神であるミジャグジ神の依り代ではという説など、様々ないわれがあります。しかし、そのいずれも諏訪の神話と関係し現在でも語り継がれていて、諏訪市周辺では、これの御柱を模したのか、どんなに小さなお社にも、その四隅には、木の柱が立てられています。諏訪大社の御柱は7年毎に山から切り出され、諏訪大社の各社に4本ずつ運ばれます。その運搬の際に催される祭りが「御柱祭」です。この祭りは地域内外から大きく注目される諏訪最大級のイベントであり、2010年には来場客数が192万人を記録しました。普段は閑静な大社通りも、御柱祭の当日には、多くの氏子が巨木を綱で引き、大騒ぎで下社秋宮までかけ登ってくるそうです。(写真9,10)



写真9:大社通り


写真10:下社秋宮


以上で見てきた、下諏訪駅〜旧中山道沿いの街並みは今後どうなっていくのでしょうか。諏訪市では、平成16年の景観法の制定を受け、この様な趣のある昔ながらの景観を大切にしていくために、下諏訪景観計画基準の策定が進められ、平成24年8月に施行され始めました。下諏訪駅周辺は、「沿道商業地区として、周囲の自然・歴史的な景観との調和に配慮をしながらも、魅力あふれる良質な商業空間を目指す」とあります。また、諏訪大社・中山道宿場町の周辺地域では、「景観形成重点地区として、25〜30mの高さ制限、伝統的な寺社群や旅館などの建築物と調和する建築意匠の使用、壁面後退を心がける」などを定めています。 この景観計画基準により、建築物の建築や開発行為などを新たに行おうとする場合は、制度に基づき町への届出が必要となり、景観形成基準に適合する事が必要となりました。諏訪大社と周辺の旅館、駅前の店舗などの様々な地域主体が街をあげて、この趣ある門前町と宿場町の融合した独特の景観を守りつつ、街の発展に努めていこうという意思が感じられます。

今回ここで紹介したものは、街並みの中の全体の中のごく一部でありますが、他にも様々な名物のある下諏訪町。街並み・自然景観にはその随所に、諏訪地方の神話・信仰が根付き、地域信仰と共に温泉街が発展してきたことを感じ取ることができました。 皆さんも、諏訪にお出かけになる際には、街の発展の歴史、また、古くから根付いてきた、神話などを知ってから行くことで街あるきをより楽しめるようになるのではないでしょうか。

参考文献
下諏訪町景観計画に基づく届出制度について

(文責:関口達也)