大崎下島・大長  安芸灘に浮かぶみかんと歴史の島

 大崎下島は、瀬戸内海の中部にある下大崎群島の島です。2008年11月18日に上蒲刈島と豊島を結ぶ豊島大橋(アビ大橋)が開通したことにより、本州(広島県呉市)から下蒲刈島、上蒲刈島、豊島を経て大崎下島へと橋伝いに陸続きとなっています。大崎上島とともに全国屈指のミカンの産地であり、山の斜面には石垣を積んだ段々畑が広がっており、収穫期にはこの斜面が色づいたみかんで埋め尽くされることから”黄金の島”とも形容されています。
 大崎下島には大長(おおちょう)・御手洗(みたらい)・沖友・大浜・久比(くび)・立花の6つの集落があります。島の東部に位置する大長地区は古くから大崎下島の海の玄関港として栄えてきました。しかし、現在人口は減少し、約1200人となっています。今回は大長地区を散策して感じた味わいある建築や路地、歴史ある神社を中心にリポートします。

◆伝統的な家屋と味わいある路地空間

大長の集落は大長港の近くに位置する「北堀」と呼ばれる入江の周辺に位置しています。集落内を歩くと、漁村集落でよく見られるような細い路地が張りめぐらされていることに気づきます。その細い路地に面する建築の中には堀をめぐらせた大きな敷地を持つ家や、伝統的な形式の重厚な家屋が混在しており、一般的な漁村集落の建築とは違う特徴的なものです。建物のファサードに着目すると洋風の板張りの家など、昭和に入ってから建築された当時としてはハイカラな建物が見られ、個性が感じられる味わい深い空間が創られていました。


写真1:大長の路地空間


写真2:様々な色のファサードを持った建築

◆農船と柑橘類産業

 大長は、みかんやレモン等の柑橘類の栽培で非常に有名です。中でも温州みかんの出荷量は広島県でトップを誇り、「大長みかん」として一大ブランドを築いています。もともと、隣の御手洗地区は北前船の寄港する港町として発展し、廻船業者も多くいましたが、大長は桃の栽培が盛んな土地で、小規模な漁業が行われている程度でした。1903年(明治36)年に「青江早生」を本格導入したことが、ミカン栽培の始まりで、温暖な気候、水はけの良い段々畑、日当りの良さに加えて、海からの照り返しという好条件を活かした生産が行われてきました。北堀を歩いていると目に留まるのが「農船」です。初めは単なる漁船のように思われましたが、よく見ると船には多くのミカン篭が乗っています。この農船は「出作(渡り作)」といって、農地確保の為に近隣の島々へ渡って栽培を行う為に使用され、最盛期の昭和30年代には400を超えていたようです。大長に長良門を構えた立派な屋敷が見られるのは、このみかんの繁栄によるところが大きく、「みかん御殿」と呼ばれ、産業がまちなみに影響を与えている一例と言えます。


写真3:収穫されたみかん(みかんジュース用)


写真4:北堀に浮かぶ農船

さらに2014年6月30日にオープンした「みかんメッセージ館」では、豊町におけるみかんづくりの歴史やミカンに込められた情熱や努力を知ることができます。


写真5:みかんメッセージ館

◆歴史ある神社について

 大長で有名な2つの神社が2つあります。この2つの神社を訪れ、大長の歴史を感じてきました。
 宇津(うつ)神社は孝霊天皇の御代(BC115年)に創建と言われており、境内には樹齢1200年以上の御神木・ホルトの木があります。災難除けの神として、多くの戦国武将が先勝祈願に訪れ、武具を献じており、それが現在、宝物館に飾られています。さらに、平安時代から現在もなお、「百手神事」(大長弓祭り、1月最終土曜日)が行われており、一般参加も可能で多くの人で賑わっているようです。鳥居をくぐってからの参道が非常に長く、「静」の世界の象徴として、俗世を忘れて心が癒される時間を与えてもらえます。ここでは、近くにお住まいの方で、神社の管理をしている人に解説をしていただくことができました。さらに、参道入り口付近にはアニメーション映画「ももからの手紙」で登場した資誠堂という雑貨店があり、ファンにはたまらないスポットとなています。


写真6:宇津神社の参道入り口


写真7:「ももからの手紙」でお馴染みの資誠堂(参道入り口付近)

 東風崎(こちざき)神社は1699年に拝殿が建立されました。宇津神社本殿が再建されたとき、旧殿をこの神社の本殿にしており、神社のリサイクルという興味深い歴史を持っています。参道には約100本の染井吉野が植えられており、町内一の桜の見所として有名です。写真からも分かるように、入り口から続く階段を上りきらないと本殿にたどり着くことが出来ません。ただし、本殿の位置からは大長の北堀が一望でき、景色を楽しむことができます。大長を訪れた際には、必ず行くべきスポットだと思います。次は是非桜シーズンに行ってみたいと感じました。階段の両脇に桜が開いていれば、上るのもつらくないかもしれません。


写真8:東風崎神社の入り口


写真9:東風崎神社の本殿から見下ろした景色

◆おわりに

 大長は御手洗とは異なり、重要伝統的建物保存地区に選定されているわけではないため、意図的な建物保全や景観づくりは感じられませんでした。ただし、細い路地の中で営まれる人々の生活や産業の発展により形成された重厚な家屋、個性的なファサード等、自然発生的に生まれた空間の面白さを感じることができるまちだと思います。人口減少や高齢化が進行し、まちとしては非常に厳しい局面に立たされています。そんな中でも筆者が感じたことはこのまちのあたたかさです。まちを歩くと、出会う人のほとんどが話しかけてくださり、まちのことを話していただいたり、場合によってはみかんをいただくこともありました。まちなみを見学することはもちろん、まちの人々のあたたかさを感じるという意味でも、是非一度訪れるべきまちであると思います。


写真10:大長で有名な電話ボックス@大長港

(文責:西尾広也)