メキシコシティ 変化と調和

◆1.はじめに

 メキシコシティは約900万人の人口を有するメキシコの首都である。都市としてのメキシコシティの歴史はアステカの時代にまで遡ることができる。13世紀末、当時は湖が広がるのみだったメキシコ盆地に到ったアステカ人は神託に従って干拓を行い、首都テノチティトランを築いた。その後、1529年にスペインのコンキスタドール(征服者)であるエルナン=コルテスによってテノチティトランは破壊され、欧風の都市としてメキシコシティが築かれた。こうした歴史は広く知られるところであるが、現在のメキシコシティにはどのようなイメージを持っているだろうか。深刻な交通渋滞や大気汚染のイメージが強いかもしれない。この記事ではメキシコシティの歴史を感じられるまちなみ、交通渋滞・大気汚染に対応する都市政策について紹介する。

◆2.歴史を感じられるセントロ地区

地図1:セントロ地区の地図(OpenStreetMapを用いて筆者作成)

 セントロ地区はメキシコシティの中心部に位置する地区である。セントロ(Centro)はスペイン語で中心を意味し、セントロ地区はその名の通り、アステカ時代からスペイン領時代、そして現在に至るまで都市の中心に位置づけられてきた。そうした経緯もあって、セントロ地区を歩いていると時折、テノチティトランの遺構や欧州の旧市街と見紛うような通りに出会うことがあり、それらが融合したまちなみを楽しむことができる。

写真1:中心市街地に残るテノチティトランの遺構「テンプロ・マヨール」

写真2:欧風な建築物の立ち並ぶフランシスコI.マデロ通り

 欧州の都市の多くが教会に付随した広場を中心に広がるのと同様に、セントロ地区もまた中心に広場を有する。セントロ地区の中心広場の正式名称は憲法広場(Plaza de la Constitución)であるが、多くの場合ソカロ(Zócalo、「台座」の意)と呼ばれる。一辺240mの正方形の形状をしたソカロの周囲には、メトロポリタン大聖堂や国立宮殿(現在は大統領官邸として使用)、市庁舎が立地し、その中心には巨大なメキシコ国旗が掲揚されている。ソカロの持つ広い敷地、政治の中心としての役割、印象的な国旗は抗議活動などの政治的集会に最適なようで、本稿執筆直前も(2024年2月19日)も大統領の選挙機構改革に反対するデモに約70万人が集結した[1]。一方で、平時のソカロは芸術イベントの会場としての顔を持つ[2]。筆者が訪問した日は日曜日であり、夕方から特設ステージで行われる音楽フェスティバルに向けて多くの人が訪れていた。

写真3:日曜日のソカロ

◆3.メキシコシティの交通

 メキシコシティは1980年代以降に進行した農村から都市への人口流入と、同時に進んだモータリゼーションにより交通渋滞が深刻な問題となった。またメキシコシティは、都市部の標高が約2200mなのに対し、西、南、東の周囲には標高3000mを超える山地がそびえる盆地状の地形である。故に盆地の底に排気ガスが溜まりやすく、スモッグなどの大気汚染も深刻な問題とされてきた。
 こうした問題に対応すべく、メキシコシティではTOD(公共交通志向型都市開発)が展開され[3]、街を歩く中でもその様子が窺える。写真4はメキシコシティの地下鉄駅の構内に掲示された公共交通の案内図である。下部にアイコンとともに示されている公共交通機関はすべてプリペイド式乗車カードで利用することが可能であり、異なる交通手段を乗り継ぐ際の負担軽減に寄与している。ここから特徴的な公共交通機関をいくつか紹介する。

写真4:メキシコシティの公共交通の路線図

 筆者が訪問中よく利用した交通手段は地下鉄である。地下鉄は乗車区間に関わらず運賃が一律5メキシコペソ(約44円)と非常に安かった。これは車社会からの転換を図るメキシコシティ市の政策の一つであり、実際の運営コストとの差額は政府の補助で賄われている[4]。また現在の日本ではなかなか見ることのないトロリーバスも、メキシコシティでは1957年の開業以来運行している。トロリーバスの欠点としては、自動車と走行空間を共有するため交通渋滞の一因となり得る点やバスに比べて路線の柔軟性に欠ける点が挙げられるが、電気を動力源とするため排気ガスを排出しない点で優れており、大気汚染に対応した交通政策の一部として存続しているものと考えられる。更に街を歩き車道を見ると、写真6のように他とは区別された複数の走行レーンが目に付く。一般車両の走行レーンの右側(歩道側)にはバス専用の走行レーンが設置されている。実際にバスに乗って前方を眺めると、バスが赤信号とバス停以外で停車することはほとんどなく、専用走行レーンによって定時性が確保されていることがよくわかる。
 またバス専用走行レーンの右側には自転車走行レーンが設置されている。メキシコシティ市は自転車走行レーンの整備のみならず、シェアサイクルサービス「ECOBICI」の提供も2010年から行っている。シェアサイクルの利用プランは様々用意されているが、その中には年間521メキシコペソ(約4600円)支払えば45分以内の使用が何回でも行える安価なプランも存在し、メキシコシティ市が交通渋滞と大気汚染への対応策として自転車利用促進を推し進めていることが窺える。

写真5:セントロ地区を走るトロリーバス

写真6:一般車両の走行レーンと区別されるバス走行レーンと自転車走行レーン

◆4.おわりに

 メキシコシティへの訪問を通して「メキシコシティは変化と調和の街である」という印象を受けた。セントロ地区を例に挙げれば、時代の変遷とともに築かれ、残されてきたアステカの遺構や欧州の旧市街を思わせるまちなみとラテンアメリカの陽気な雰囲気が調和し、散策する中でいろいろな街の顔を見られる心地よい都市空間が形成されていた。既存の都市空間と変化によって新たに生まれた都市空間が調和する潮流は近代の都市政策にも見られ、地下鉄やバス、トロリーバス、シェアサイクルなどの新旧様々な公共交通機関はTODの中で、それぞれの長所を最大限活かす形で活用され、調和していると言える。メキシコ経済は成長を続けており、それに伴ってメキシコシティの都市の様相はこれからも変化していくことだろう。現在のメキシコシティの持つ「調和」がこれからの「変化」をいかにして取り込むのか、いずれ再訪して確かめられればと思う。
(文責・写真:福島渓太)

◆参考サイト、参考文献(すべて2024/2/22に閲覧)
[1]ロイター: メキシコで大規模デモ、大統領の選挙機構改革に反対,
URL: https://jp.reuters.com/world/AO4B73CANBI6BOFT4VWI6SODBQ-2024-02-19/.
[2]Gobierno de la Ciudad de Mexico: El Zócalo,
URL: https://mexicocity.cdmx.gob.mx/venues/plaza-de-la-constitucion-the-zocalo/.
[3]西村亮彦: メキシコ・シティにおける公共交通志向型都市開発の展開に関する研究, 土木計画学研究・講演集, Vol. 51, pp. 33-38, 2015.
[4]一般社団法人日本地下鉄協会: 世界の地下鉄 メキシコシティー,
URL: http://www.jametro.or.jp/world/mexican.html.
[5]OpenStreetMap, URL: https://www.openstreetmap.org/.