カンクン –北米を代表するリゾート都市–

◆はじめに
 カンクン(Cancún)はメキシコ東部のキンタナ・ロー州に位置する都市である(図1)。キンタナ・ロー州はカリブ海に面したユカタン半島東部の州で、州名は独立の英雄であるアンドレス・キンタナ・ローに由来する。気候は年間を通じて温暖湿潤で、陸地のほとんどは熱帯雨林で占められている。カンクンは州下最大の都市で、その都市名はマヤ語で「蛇の巣」を意味する。
 現在私たちが訪れる都市としてのカンクンの歴史は浅く、1970年代にリゾート地として建設された計画都市である。それ以前、現在のカンクンに相当する土地には人口わずか数十人の漁村があったにすぎなかった。1974年、政府による国内初の計画リゾートの建設地として選ばれたカンクンは、わずか数十年で人口約90万人の巨大リゾート都市へと変貌した。現在では、メキシコに空路で入国する観光客の実に半数弱がカンクン経由で入国している。特にアメリカからの人気が高く、2022-23年の夏季において、カンクンはアメリカ人の海外旅行先として最も人気が高い都市であった。
 本記事では、中南米を代表するリゾート都市へと成長したカンクンのまちなみや交通事情について紹介する。

図1 カンクンの位置図(OpenStreetMap、The World Bankをもとに筆者作成)

◆カンクンのまちなみ
 カンクンは大まかに、ホテルゾーンとそれ以外の市街地の2つのエリアに分けることができる(図2)。ホテルゾーンは文字通りホテルなどの観光施設が集まるエリアで、カリブ海沿いに20km以上にわたって延びる砂州上にある。一方、それ以外の市街地エリアの中心となっているダウンタウンには、市場やバスターミナル、病院など様々な都市機能が集積している。本記事ではこれらの2つのエリアを紹介する。

図2:カンクンの地図(OpenStreetMapをもとに筆者作成)

 ホテルゾーンは、海岸沿いに延びる1本の通り(ククルカン大通り)の両側にホテル、飲食店やブランド品などの店舗、カジノなどの娯楽施設が立ち並んでいる。ほとんどの観光施設はホテルゾーンに集中しているため、道を歩く観光客らしき人の比率も高く、昼夜を問わずにぎわっていた。多くのホテルはカリブ海に面した通りの海側(北・東側)に建っており、ホテルとビーチは直接つながっている(写真1)。

写真1:ホテルゾーンとカリブ海

 ダウンタウンは観光客中心のホテルゾーンとは対照的に、地元住民の集まるエリアという印象であった。通りにはタコスなどの屋台が並び、多くの人が通り沿いで談笑しながら食事している光景がよく見られた。筆者が訪れた際には、中心部の広場で音楽フェスが開催され、移動遊園地が設置されるなど、多くの人々でにぎわっていた(写真2)。

写真2:ダウンタウンの広場で行われていたイベント

◆カンクンの交通事情
 カンクンを訪れる人の玄関口となるのがカンクン国際空港である。空港はカンクン市内から約15km南に離れた場所にあるため、飛行機から降り立った観光客は、主にバス、送迎シャトル、タクシー、ホテルの送迎サービスなどの手段で目的地へと移動する。バスは市中心部のバスターミナルまでを直接結び、早朝から深夜まで幅広い時間帯で運行されている。なお、Uber等の配車サービスは、地元のタクシー運転手らの反対運動を原因とするトラブルが頻発していることから、利用しないことが推奨されている。
 カンクン市内には鉄道は整備されておらず、市内の移動手段として代表的なのは路線バスである。運賃は12ペソ(約108円)の均一運賃で、市中心部とホテルゾーンを結ぶR1、R2系統が観光客にとって最も利便性の高いルートである(写真3)。運行頻度も比較的高頻度で、多い時間帯には数分おきにバスが到着する。朝の時間帯はホテルゾーンに向かうR1、R2系統が通勤客らしき人々で混雑するなど、地元の住民の重要な足となっていることがうかがえた。

写真3:ホテルゾーンを走る路線バス(写真左下)

 カンクンでは路線バスに加えて観光バスの姿も目立つ。カンクンの周囲には、ククルカンの神殿(ピラミッド)(写真4)や天文台などで知られ世界文化遺産にも登録された古代都市であるチチェン・イッツァ、カリブ海沿岸の城塞都市の遺跡であるトゥルム遺跡をはじめとするマヤ文明の遺跡や、石灰岩の陥没穴にできた地下水脈の泉であるセノーテなど数多くの観光地が点在している。大規模な空港に隣接するカンクンはそれらを観光する観光ツアーの拠点ともなっており、朝夕を中心に多くの観光バスが通りを往来する。

写真4:チチェン・イッツァ(ククルカンの神殿)

 カンクンとその周辺の観光地に対する観光客の増加から、カンクンでは道路混雑が深刻な問題となっている。道路の改修や新道路の建設などの対策が講じられているものの、自動車交通中心の都市構造が変わらない以上、根本的な解決となるかは疑問が残りそうだ。
 こうした交通量の多さも相まって、歩行者の目線からみたカンクンは決して歩きやすいまちとはいえないだろう。道路は基本的に車優先であり、横断歩道で歩行者に対して道を譲ってくれる車はまずいない。歩行者側も歩行者信号を守る人はまれであり、自動車の合間を縫って横断していくのが普通の光景であった(写真5)

写真5:ダウンタウンの大通り

 現在建設が進められているマヤ鉄道(Tren Maya)は、ユカタン半島各地を7つの区間で結ぶ総延長約1500kmの巨大プロジェクトであり、2023年に一部の路線が開業した(図3)。地域の雇用創出や経済成長、観光の促進が期待されており、カンクンからはチチェン・イッツァやトゥルム遺跡など周辺の観光地への新たなアクセス手段として期待される。ただ、カンクンに設置される駅は空港に隣接しており、市中心部やホテルゾーンへは既存の手段へと乗り換える必要があるようだ。

図3:マヤ鉄道のルートと駅(引用元:https://www.trenmaya.gob.mx/index.html)

◆おわりに
 建設から約50年が経過したカンクンだが、海やセノーテ、熱帯雨林といった美しい自然資源や点在するマヤ文明の遺跡などの文化資源など、多くの魅力的な要素がカンクンと周辺に観光客を惹きつけ続けている。一方、格差や交通渋滞などの都市問題も顕在化しており、今後こうした課題への適切な対処が望まれる。
 また近年、周辺地域一帯では、マヤ鉄道建設やホテル・リゾート開発による周辺環境や遺跡の破壊といった環境問題も懸念されており、ユカタン半島一帯のインフラ・観光政策については、今後自治体をまたいだ広域的な舵取りが迫られるだろう。

(文責・写真:稲垣遥大)

◆参考文献
・Drillinger, M. (2023, 5 3). There's a good reason traffic is so bad in Cancun right now. Retrieved from TRAVEL WEEKLY: https://www.travelweekly.com/Mexico-Travel/Insights/Cancun-infrastructure-projects-create-headaches
・OpenStreetMap. (n.d.). Retrieved from https://www.openstreetmap.org/ Pskowski, M. (2019, 2 22). Mexico’s ‘Mayan Train’ Is Bound for Controversy. Retrieved from Bloomberg: https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-02-22/mexico-s-yucatan-train-brings-promise-of-a-tourism-boom
・The World Bank. (2023, 11). World Bank Official Boundaries. Retrieved from https://datacatalog.worldbank.org/search/dataset/0038272 Torres, R. M., & Momsen, J. D. (2005). Gringolandia: The Construction of a New Tourist Space in Mexico. Annals of the Association of American Geographers, 95(2), 314-335. doi:10.1111/j.1467-8306.2005.00462.x
・Tren Maya. 参照先: https://www.trenmaya.gob.mx/
・メキシコ「マヤ鉄道」一部開業 リゾート地などつなぐ. (2023年12月16日). NHK NEWS. 参照先: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20231216/k10014289841000.html
・在レオン日本国総領事館. (2023年11月25日). カンクン(キンタナ・ロー州)におけるタクシー利用時の注意事項について. 参照先: https://www.leon.mx.emb-japan.go.jp/itpr_ja/11_000001_01904.html
・志賀大祐. (2023年6月12日). 米国人の海外旅行先、メキシコのカンクンが2年連続で1位に. 参照先: ビジネス短信: https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/06/d3a8a9861753fd41.html