ブリスベン 2032年五輪開催都市のアクティブな移動を促すインフラ

1. オーストラリア第三の都市ブリスベン

 クイーンズランド州の⾸都ブリスベンは、⼈⼝約260 万⼈のオーストラリア第三の都市です。亜熱帯気候に属するこの都市は、冬(6〜8 ⽉)でも平均気温は11〜21度と、⼀年を通じて温暖です。ブリスベン川沿いには、美術館や博物館などの⽂化施設、緑豊かな公園、気候と景⾊を楽しめる屋外レストランがあり、多くの観光客を集めています。なかでも、亜熱帯植物に囲まれた⼈⼯の砂浜(ストリーツ・ビーチ)はサウスバンク地区のアイコンとされ、ライフガードの監視のもと無料で安全に利⽤できます(写真1)。ブリスベン川を往来するフェリーは、電⾞やバスと同じカード (Go Card)で気軽に利⽤でき、川の両岸をつなぐ役割も果たしています(写真2)。
 いまブリスベンが世界的に注⽬される理由のひとつは、パリ、ロサンゼルスに続く2032 年のオリンピック・パラリンピックの開催地に選ばれたことでしょう。⼈⼝の急激な増加が予想されるブリスベンでは、中⼼業務地区(CBD)だけでなく、市内の⾄るところで槌⾳が響いています(写真3)。


写真1. ストリーツ・ビーチ


写真2. フェリーのりば(South Bank ferry terminal)


写真3. カンガルーポイント地区からのぞむCBD

2. アクティブな移動を促す交通計画

 ブリスベン市の交通計画は、健康的で持続可能なアクティブ ・トランスポート(徒歩と⾃転⾞による移動)を促進するために、歩⾏者・⾃転⾞道の⼤規模な整備プロジェクトを掲げています。歩⾏者や⾃転⾞のネットワーク構築により、CBD へのアクセス性が向上し、交通渋滞を最⼩限に抑えることが期待されます。図1 はCBD 周辺地区だけを切り取ったものですが、ブリスベン川沿いに⾃転⾞道のネットワーク (⾚線)が形成されていることが分かります。図の左下、CBD のガーデンズポイント地区とサウスバンク地区を結ぶ歩⾏者・⾃転⾞専⽤のグッドウィル橋もネットワークの重要な構成要素となっています(写真4)。2021年3⽉からの12か⽉間にわた り、CBD のふたつの通りとひとつの橋に⾞道と分離された⾃転⾞⾛⾏空間を設ける社会実験も⾏われました。
 ⾃転⾞道路ネットワーク沿いの数か所には、サイクリストが⾃由に利⽤できる⾃転⾞修理ステーションが設置されています (写真5)。固定スタンドに⾃転⾞を置いて、備え付けのドライバーや六⾓レンチなどを使って修理したり、タイヤに空気を⼊れたりすることができます。⾃転⾞道では⾃転⾞を利⽤する市⺠だけでなく、e スクーターやe バイクを利⽤する観光客の姿も多く⾒られます(写真6)。


図1:ブリスベンCBD 周辺の⾃転⾞道ネットワーク(⽂献2)

写真4:歩⾏者・⾃転⾞専⽤のグッドウィル橋


写真5:⾃由に利⽤できる⾃転⾞修理ステーション(サウスバンク地区)


写真6:整然と並べられたE スクータ(サウス・ブリスベン記念公園)

3. CBD とカンガルーポイントを結ぶグリーンブリッジ

 カンガルーポイントは、建設⽤の⽯材が切り出された川沿いの崖や、オーストラリア最⻑の⽚持ち橋 「ストーリーブリッジ」で知られるブリスベンCBD 東側の地区です(写真7,8;いずれも⽂化遺産)。崖を下りた川沿いには緑に囲まれた歩⾏者・⾃転⾞道があり、サイクリストやジョギングを楽しむ⼈々にとって理想的な空間が形成されています。
 現在、この地区とCBD を結ぶ新たな橋「グリーンブリッジ」が、2024 年の完成を⽬指して建設されています(図2, 写真9)。市の交通計画にも明記されたこのプロジェクトには、アクティブ・トランスポートおよび公共交通利⽤の促進、交通渋滞の緩和、そして雇⽤創出および⽣産性の向上が期待されています。具体的には、平⽇1 ⽇の徒歩・⾃転⾞による移動回数(トリップ数)を2021年の約5300 回から、2036年には6100回に増加させ、川を渡る⾃動⾞交通を年間83,950台減らすと予測されています。また、カンガルーポイント地区から徒歩20分圏内に約130,000の雇⽤を新たに⽣み出すともされています。グリーンブリッジは2032年五輪のレガシーとなることが期待されています。その頃には、このグリーンブリッジも市⺠⽣活に定着し、カンガルーポイント地区は今よりもさらに活気を帯びていることでしょう。


写真7:カンガルーポイントクリフ


写真8:ストーリーブリッジ


図2:グリーンブリッジの完成予想図(市HP より)

写真9:建設中のグリーンブリッジ(写真3 にも遠景)

4. 2032 年、その先に向けて

 ブリスベンにおける歩⾏者・⾃転⾞道整備プロジェクトは、単に交通の便を向上させるだけでなく、都市の魅⼒を⾼める役割も果たしています。五輪の開催が近づくにつれ、ブリスベンを訪れる⼈がますます増えることでしょう。シドニー、メルボルンと同様に、⼈⼝の急激な増加も予想されています。シドニーではすでに住宅不⾜とそれに伴う住宅価格の⾼騰により、都⼼で働くエッセンシャルワーカーの⽣活が脅かされています。
 カンガルーポイント地区にあるレイモンド公園の周辺には、公園に陸上競技場を建設することに反対するポスターが貼られていました(写真)。いまの市⺠の⽣活を守りつつ、どう新たな住⺠や観光客を招き⼊れるか、州や市はその舵取りを迫られています。


写真10:陸上競技場建設に反対するポスター(レイモンド公園周辺)



◆参考文献
1. Brisbane City Council (2018) Transport Plan for Brisbane ̶ Strategic Directions
2. Brisbane City Council (2022) Riding in Brisbane
3. Brisbane City Council (2019) Kangaroo Point Pedestrian Bridge Preliminary Business Case Key Findings

(文責・写真:樋野公宏)