都市によって「駅近」の価値は違うのか?

はじめに

 住宅や土地の価格に関係する要因として、「最寄り駅までの距離」が挙げられます。駅が近いと、電車などの公共交通を利用しやすくなり、交通利便性が向上するというメリットがあります。また、駅周辺には小売店舗などの都市機能が集積することが多いため、買い物など日常生活の利便性が高まる点も重要です。このため、一般的に最寄り駅までの距離が近いほど住宅や土地の価格は高い傾向にあります。
 さらに、「都市の中心駅までの距離」も住宅・土地の価格に関係する要因として考えられます。都市の中心となるような大規模な駅周辺では、店舗やオフィスが集まるため、通勤や生活の利便性が高くなると考えられます。そのため、最寄り駅まで少し遠くなっても、中心駅からの距離が適度に近い地域を選んで居住するケースも少なくありません。このように、「中心駅までの距離」は「最寄り駅までの距離」とは異なる視点から、住宅・土地の価格に関係する重要な要因といえます。
 このように、住宅や土地の価格に関係する要因として「最寄り駅までの距離」と「中心駅までの距離」はいずれも重要であり、多くの研究でその関係が確認されています。しかし、「最寄り駅までの距離」や「中心駅までの距離」と住宅や土地の価格との関係性、すなわち2種類の「駅近」の価値は、各都市の通勤事情や中心駅における都市機能の集積度など、その都市固有の特性によって異なる可能性があります。そこで本稿では、「最寄り駅までの距離の近さ」と「中心駅までの距離の近さ」という、2種類の「駅近」の価値が都市によってどのように異なるかを明らかにします。

対象地・分析手法

 本稿では、都市ごとに異なる「駅近」の価値を分析することを目的とし、全国の様々な都市を対象に調査を行いました。具体的には、令和3年全国都市交通特性調査の対象都市を分析対象とし、それぞれの都市内における地価公示データを用いて分析を行いました。この調査では、全国70都市を対象に自動車分担率(全交通手段の中で自動車の利用が占める割合)が収集されており、都市の自動車分担率が「駅近」の価値にどのような違いをもたらすかを分析することが可能です。また、「中心駅」は、各都市のWikipediaを参照し、中心駅として記載されている駅としました。


図1:本稿の対象都市 (括弧内は各都市における中心駅)


 また、本稿で用いる変数を以下の表1に示しています。分析単位は国土数値情報(2021)から取得した公示地価のポイントで、ポイントごとに表1に含まれる変数が与えられています。先行研究において地価に関連するとされる変数を選択し、分析に含めました。

表1:分析に用いた変数と記述統計(n=5878)
変数名 説明 平均値 最小値 中央値 最大値 標準偏差
地価(万円/㎡)*1, a)2021年の公示価格16.70.212.533617.1
地積(㎡)*1, a)地価ポイントの地積243.9481896334261.9
前面道路幅員(m)a)地価ポイントの前面道路の幅員7.8061126.6
容積率(%)a)地価ポイントにおける容積率192.450200900101.1
市街化調整区域ダミーa)地価ポイントが市街化調整区域内であれば1, それ以外は000010.2
人口増加率(%)b), c)地価ポイントの重なる4次メッシュの2015年から2020年の人口増加率0.8-31.50.2214.98.3
人口密度(万人/㎢)b)地価ポイントの重なる4次メッシュの2020年の人口密度0.900.83.10.5
高齢化率(%)b)地価ポイントの重なる4次メッシュの2020年の高齢化率26.52.525.775.77.4
学校までの距離(km)*1, d)最寄りの小中学校までの直線距離0.400.440.3
公園までの距離(km)*1, e)最寄りの公園までの直線距離0.200.26.60.3
病院までの距離(km)*1, f)最寄りの病院までの直線距離0.900.710.70.8
最寄り駅までの距離(km)*1, g)最寄りの鉄道駅までの直線距離1.100.715.61.1
中心駅までの距離(km)*1, g)都市ごとに設定した中心駅までの直線距離6.10.15.327.64.1
自動車分担率(%)h)都市ごとの自動車分担率(平日)55.419.160.284.519.1
*1: 分析の際には対数を取る変数
データソース
a) 国土数値情報(2020), b) 国勢調査(2020), c) 国勢調査(2015), d) 国土数値情報(2013), e) 国土数値情報(2013), f) 国土数値情報(2014), g) 国土数値情報(2023), h) 全国交通特性調査(2021)

 本稿では、地価の対数値を被説明変数とした回帰分析を行うことで、各変数が地価とどのような関係性を持つのかを分析します。回帰分析とは、あるデータの中で一つの変数(例:地価)が他の変数(例:駅までの距離や土地の広さ)とどの程度の関係性を持つかを統計的に明らかにする手法です。
 ここで、先述したように、「最寄り駅までの距離」や「中心駅までの距離」と地価との関係、すなわちこれらの価値は、都市ごとに異なる可能性が考えられます。本稿では、これらの要因と地価との関係が都市ごとにどのように異なるかを調べるために、マルチレベルモデルを用いた分析を行います。マルチレベルモデルは、データが異なるグループ(例:都市や地域)に分かれており、それぞれのグループ内で共通の特徴を持つ場合に適した分析手法です。この手法では、説明変数について「固定効果」と「ランダム効果」を考慮した分析を行います。固定効果は全グループに共通する全体の平均的な傾向を表し、ランダム効果はグループ単位での特徴や変動を表しています。この手法を用いることで、グループごとに切片の違いや説明変数との関係(傾き)の違いを分析することが可能となります。本稿では2つのモデルを分析して比較しています。①都市ごとの「駅近」の価値の違いを考慮しないモデル(線形回帰モデル)と、②マルチレベルモデルを用いて都市ごとの違いを考慮するモデル(ランダム切片・傾きモデル)の2つです。ランダム切片・傾きモデルでは、切片・最寄り駅までの距離・中心駅までの距離についてランダム効果を考慮した分析を行います。なお、分析の安定性の確保のため、全ての説明変数を全体平均中心化(各データから変数の全体平均を引く操作)しています。

分析結果

 表2では、線形回帰モデルとランダム切片・傾きモデルの推定結果を示しています。被説明変数は地価の対数値としています。多くの説明変数は地価と統計的に有意な関係があることが示されており、回帰係数の値や符号などはモデルによって大きな差がないことが見て取れます。AICはモデルの当てはまりの良さを示す指標で、小さいほど当てはまりが良いことを示します。両モデルを比較すると、ランダム切片・傾きモデルのAICは線形回帰モデルより大幅に小さくなっていることが分かります。よって以降では、ランダム切片・傾きモデルの結果をもとに分析を進めます。

表2:線形回帰モデルとマルチレベルモデルの分析結果
線形回帰 ランダム切片・傾き
固定効果回帰係数回帰係数
切片2.138***1.998***
ln(地積)0.069***0.100***
前面道路幅員0.007***0.006***
容積率0.001***0.001***
市街化調整区域ダミー-0.550***-0.573***
人口増加率-0.001*-0.0002
人口密度0.326***0.316***
高齢化率-0.024***-0.013***
ln(学校までの距離)-0.060***-0.041***
ln(公園までの距離)-0.009-0.024***
ln(病院までの距離)-0.052***-0.064***
ln(最寄り駅までの距離)-0.099***-0.074***
ln(中心駅までの距離)-0.119***-0.149***
自動車分担率-0.022***-0.028***
ln(最寄り駅までの距離)×自動車分担率0.000020.002***
ln(中心駅までの距離)×自動車分担率-0.001***-0.0007
ランダム効果
分散(切片)0.105
分散(傾き:最寄り駅までの距離)0.004
分散(傾き:中心駅までの距離)0.013
AIC6041.73103.2


「最寄り駅までの距離」に関する結果

 まず、「最寄り駅までの距離」と地価の関係について整理します。ランダム切片・傾きモデルの推定結果では、最寄り駅までの距離の回帰係数(固定効果)の推定値は-0.074でした。これは、最寄り駅までの距離が1%遠くなると、地価が0.074%減少することを意味しています。つまり、駅から近いほど地価が高い傾向があるといえます。
 さらに、最寄り駅までの距離と自動車分担率の交互作用項の回帰係数は0.002でした。交互作用項を含めた最寄り駅までの距離の回帰係数は(1)式によって求められます。言い換えると、都市の自動車分担率が高くなるほど、最寄り駅までの距離が遠くなることによる地価の減少幅が小さくなる傾向があるといえます。この結果から、最寄り駅までの距離と地価の関係は、都市の自動車依存度(自動車分担率)によって異なることがわかります。

-0.074+0.002×(都市の自動車分担率-自動車分担率の全体平均)  (1)

 図2では、最寄り駅までの距離と地価の関係を、異なる自動車分担率の都市を想定して示しました。具体的には、自動車分担率の平均値と標準偏差を用い、74.4%, 55.4%, 36.3%の3つの例を想定しています。この図から、全体としては最寄り駅までの距離が遠くなると地価が減少する傾向にありますが、自動車分担率の違いによってその傾向の強さが異なることが分かります。自動車分担率が低い都市であれば、最寄り駅までの距離が遠くなると地価がより大きく減少し、逆に自動車分担率が高い都市では、最寄り駅までの距離が遠くなってもさほど地価は減少していないことがわかります。ここから、最寄り駅についての「駅近」の価値は、自動車に依存していない都市の方が高いと考えられます。


図2:自動車分担率ごとにみた最寄り駅までの距離と地価の関係性


 次に、ランダム効果、すなわち都市ごとの「最寄り駅までの距離」と地価の関係の違いについて整理します。図3に、都市ごとの弾力性(最寄り駅までの距離が1%遠くなった際に地価が何%変化するのか)の違いを、その都市の自動車分担率とともに示しています。全体的に、自動車分担率が高い都市ほど弾力性の絶対値が小さくなる傾向が見られます。これは、図2で確認した分析結果とも一致しています。図中の赤線は固定効果、すなわち都市ごとのばらつきを考慮しない全体の平均的な傾向を示しています。この赤線から大きく離れている都市ほどランダム効果が大きく、自動車分担率以外の都市の固有の要因が「最寄り駅までの距離」と地価の関係を左右していると考えられます。
 特にランダム効果が大きい都市として、札幌市・小樽市が挙げられます。両都市では、同程度の自動車分担率を持つ都市と比べて弾力性の絶対値が大きくなっており、「駅近」の価値が高くなっています。その要因として、北海道は広大な土地を有している一方で、札幌・小樽の両都市では住民の生活拠点が鉄道駅周辺に集中しているため、駅周辺の利便性が他都市と比べて相対的に高いことが挙げられます。その結果、最寄り駅までの近さが特に重要視されている可能性が考えられます。


図3:ランダム効果を考慮した都市ごとの散布図
(横軸:自動車分担率、縦軸:最寄り駅までの距離に対する地価の弾力性)


中心駅までの距離に関する結果


 「中心駅までの距離」に関しては、固定効果の回帰係数の推定値は-0.15でした。すなわち、中心駅までの距離が1%遠くなると、地価が0.15%減少することを意味します。最寄り駅までの距離の固定効果の回帰係数-0.074と比較して、中心駅までの距離の方が回帰係数の絶対値が大きく、地価に対してより大きな効果を持つことが分かります。このことから、全体的な傾向として、「中心駅の近さ」は「最寄り駅の近さ」よりも価値が高いことが示唆されます。一方、自動車分担率との交互作用項は有意ではなく、中心駅までの距離と地価の関係について、都市の自動車分担率と関連する差は確認されませんでした。
 図4では、都市ごとのランダム効果を考慮した中心駅までの距離に対する地価の弾力性を示しています。弾力性が負の方向に大きい都市では、中心駅までの距離が遠くなった場合の地価の減少幅が大きくなることを示しています。
 弾力性が負の方向に大きい都市には、仙台市、広島市、鹿児島市、福岡市、弘前市、岐阜市、札幌市、金沢市などが挙げられます。共通する性質として、これらの都市の多くが地方の中核を担っており、仙台駅や広島駅など規模の大きい中心駅を持ち、駅周辺の都市機能の集積度が高いことがあります。このような性質を持つ都市では、中心駅近くの地価が特に高くなる傾向が見られます。
 一方で、弾力性の絶対値が小さい群に分類される都市には、横浜市、春日井市、総社市、塩釜市、奈良市、四日市市、津島市、川崎市などが挙げられます。横浜市や川崎市は、大都市で中心駅の規模も大きいですが、中心駅以外にも価値の高い住宅地が広範に分布しているため、中心駅から離れても地価が下がりにくい傾向を持っていると考えられます。一方で、それ以外の都市は、中心駅自体の規模が小さい地方都市であることから、中心駅に近接することによるメリットが低い可能性が考えられます。


図4:ランダム効果を考慮した都市ごとの棒グラフ (縦軸:中心駅までの距離に対する地価の弾力性)


おわりに

 本稿では、住宅地の価格を決定する要因として、「最寄り駅までの距離」と「中心駅までの距離」という2つの「駅近」に着目し、それらの価値の都市による違いとその要因について考察しました。分析結果から、「最寄り駅までの近さの価値」は自動車分担率と関係があり、自動車依存度が低い都市では「駅近」であることの価値が相対的に高いことが分かりました。一方で、「中心駅までの近さの価値」は、「最寄り駅までの近さの価値」と比べて地価との関係が強いものの、自動車分担率との関連性は確認されませんでした。
 また、自動車分担率以外の都市固有の要因も「駅近」の価値と関係があることが明らかになりました。例えば、札幌市や小樽市では、最寄り駅までの距離の価値が他の都市と比べて特に高いことが確認されました。この背景には、両都市における鉄道駅周辺への生活機能の集積が関係していると考えられます。一方、中心駅までの距離については、地方の中核都市では価値が高い傾向がある一方で、市街地が広範囲に分布する都市や、中核都市以外の地方都市ではその価値が低いことが分かりました。
 このように、「駅近」の価値は都市の特性や住民の移動手段の選好に左右されることが、本稿の分析を通じて明らかになりました。今後の研究では、リモートワークの普及などによる「駅近」の価値の変化や、長期的な時間軸での変動を取り入れるような発展の方向性が考えられます。

参考文献

●国土交通省, 「国土数値情報ダウンロードサイト」 (URL: https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/)(2025-01-19閲覧)
●国土交通省, 「全国都市交通特性調査」 (URL: https://www.mlit.go.jp/toshi/tosiko/toshi_tosiko_tk_000033.html) (2025-01-19閲覧)
●総務省統計局, 「e-Stat 政府統計の総合窓口」(URL: https://www.e-stat.go.jp) (2025-01-19閲覧)
●筒井淳也, & 不破麻紀子. (2008). マルチレベル・モデルの考え方と実践. 理論と方法, 23(2), 2_139-2_149.

文責:宮岸凌也・橋本侑京