都市部における農地、とりわけ生産緑地地区は、単なる食料生産の場にとどまらず、都市環境の質を維持する上で重要な役割を果たしています。緑地が持つ延焼遮断帯としての防災機能や、ヒートアイランド現象の緩和、雨水貯留機能といった多面的な機能は、持続可能な都市形成において不可欠な要素です。また、コンクリートやアスファルトに囲まれた都市空間において、農作物の緑や土の地面が提供する視覚的な潤いは、地域住民の居住快適性や心理的な安らぎに寄与する貴重な「景観資源」であるといえます。
しかし、1992年の生産緑地法改正から30年が経過した2022年以降、いわゆる「2022年問題」を契機として、都市農地を取り巻く環境は大きな転換点を迎えています。「2022年問題」とは、1992年に指定された生産緑地の多くが、30年間の営農義務期間の終了を一斉に迎えることに起因する課題です。この期限を過ぎると、土地所有者は自治体に買取を申し出ることが可能となります。自治体による買取や農業従事者へのあっせんが成立しない場合は、行為制限が解除され宅地への転用や売却が可能となります。
この「2022年問題」に対し、生産緑地の保全を推進しようとする動きが進められてきました。2015年には、都市農業振興法において、都市農地が「都市に必要な存在」と位置付けられました。さらに、2018年に施行された生産緑地の貸借の円滑化に関する法律では、所有者以外の都市農業者に対する生産緑地の貸借が可能となりました。また、関連する税制改正により、生産緑地制度において従来から設けられていた相続税の納税猶予制度についても、引き続き相続税の納税猶予が認められました。
しかし、こうした保全施策が講じられている一方で、所有者の高齢化や後継者不足を背景に、指定解除を選択するケースも散見されます。その結果、戸建て住宅やマンションが建設されることで、かつて存在したオープンスペースや緑の景観が急速に消失しつつあります。こうした変化は、個々の土地利用の変更としては小規模であっても、地域全体で見れば都市景観の質的変化や住環境への影響として蓄積されていく可能性があります。
このような背景から生産緑地指定解除による景観変化の定量化には意義があるものの、2つの制約から分析は限定的でした。その制約というのは、@データ取得の制限とA画像解析技術の限界です。しかし、これらは近年の技術的発展により解消されつつあります。
1つ目のデータ取得の制限という制約について、従来は、過去の画像を入手することが難しいため、過去時点との比較が困難でした。この課題に対して、Google Street Viewのタイムマシン機能が解決策になります。本機能では、アイレベルの景観写真が複数時点で入手することが可能で、過去との比較が容易になりました。
2つ目の画像解析技術の限界について、従来は、画像から「緑」や「空」の割合を抽出する際、RGB値に基づく色の閾値処理や、グレースケール化を用いた古典的な画像解析技術が主流でした。しかしこれらの手法は、日照条件による影を抽出できなかったり、「緑色の壁や看板」を植物として誤認識してしまったりと、複雑な都市空間を正確に評価するには限界がありました。しかし、近年のAI技術の発展により、これらの分類を高精度で行えるようになりました。
そこで本稿では、Google Street Viewに搭載されたタイムマシン機能と近年のAI技術を活用し、生産緑地指定解除前後の景観変化を分析することで、非指定解除地点と比較してどのような景観変化が起こったのかを把握します。具体的には、生産緑地の指定解除地点を対象に、過去と現在のストリートビュー画像を比較することで、視覚的な緑の量や空間の開放性がどのように変容したかを定量的に分析することを試みます。
先述したように、本稿の分析は「生産緑地の指定解除の前後で、視覚的な緑の量や空間の開放性がどのように変容したかを定量的に分析すること」を目的としています。その際、以下の2点を分析の切り口とし、分析を進めました。1点目は「生産緑地の指定解除により、緑や空の見え具合といった景観の要素はどのように変化するのかを定量化すること」、2点目は「指定解除による緑や空の見え具合などの変化の様子の違いを可視化すること」です。この2点の分析を通して、生産緑地の指定解除による変化を詳細に把握することを目指します。
ここでは、本稿での大まかな分析フローを説明します。まず、対象地と撮影地点の選定を行います。ここでは、生産緑地の指定解除があった地区のGoogle Street Viewの画像を抽出します。次に、その画像から緑や空などの景観要素を抽出するために、セマンティックセグメンテーションという手法を用います。最後に、分析を2つ行います。1つ目の分析では、指定解除による景観変化の全体的な傾向を定量化するために、後段で説明する「差の差分析」を行います。2つ目の分析では、先ほどの差の差分析に加え、クラスタリングという手法を用い、指定解除により景観変化を類型化することで、詳細な景観変化を分析します。 以下の項で、各フローの詳細な説明を行います。
図1:分析フロー
本稿では、埼玉県川口市を対象地としました。川口市の生産緑地の中で、2023年(令和5年)に指定解除された箇所(41箇所)を分析対象としています。そのうち、公共事業用地の取得のために指定解除された箇所(3箇所)、Google Street Viewから2023年前後の画像が取得できない箇所(22箇所)を除いた16箇所の画像を用いて、緑や空の景観要素としての割合の変化を分析します。 ただし、今回は指定解除された箇所の変化を見るために、基準として指定解除されていない地区も分析対象として含めています。詳細な理由は後述する「景観変化の全体的な傾向の定量化」という項で紹介するのですが、指定解除前後の画像から見た単純比較では、実際に指定解除されたことに起因する変化だけでなく、季節による変化や地域による変化を考慮しきれていないため、指定解除されていない地区を分析に含めました。2018年(平成30年)以降の都市計画審議会の資料と生産緑地地区計画図を調査し、2018年以降一度も面積変更などの変更が行われていない箇所(333箇所)を抽出し、以下の基準で指定解除された分析対象の16箇所と同数を抽出しました。
図2:分析対象の生産緑地
なお本稿では、Google Street Viewの画像の取得にGoogle Maps PlatformのStreet View Static APIを使用しています。取得した画像は、指定解除前の時点として2018~2019年の7~9月、指定解除後の時点として2024~2025年の7~9月の時点のものを使用しています。また画像は、道路から生産緑地の方を向いた角度のものを取得しています。 参考までに、都市計画審議会の資料と生産緑地地区計画図から調査した、川口市の生産緑地の数の変遷を表1としてまとめます。
表1:川口市の生産緑地数の変遷
本稿では、景観の変化を数値化するために「セマンティックセグメンテーション」というAI画像認識技術を使用します。これは、画像内の対象物が「植物」「建物」「空」などの何であるかを、ピクセル(画素)単位で隙間なく塗り分けるように分類する技術です。これにより、一枚の画像に占める緑の割合(緑視率)などを客観的に算出できます。画像をピクセル単位で分類するために、SegFormer のモデルの一つを使用します。このモデルは、市街地画像に特化した大規模データセット「Cityscapes」で追加学習されており、都市の複雑な景観要素を比較的高い精度で分類することができます。 本分析では、画像に写る要素を「道路(road)」「建物(building)」「植生(vegetation)」「空(sky)」「その他(other)」の5種類に自動で分類し、それぞれの面積割合を算出しました。例えば以下の図2の左側の写真にセマンティックセグメンテーションを適用すると、右側の図のような結果が出力され「道路(road):36.5%」「建物(building):7.8%」「植生(vegetation):13.1%」「空(sky):40.5%」「その他(other):2.1%」と分類されます。この技術をGoogle Street Viewの2時点(生産緑地の指定解除前後)の画像に適用することで、景観の変化を定量的に比較・評価します。なお、以降では、写真に含まれる植生の割合を「緑視率」、空の割合を「画像天空率」と命名します。ここでいう「画像天空率」は、写真画像中に占める空領域の画素割合を指し、建築基準法施行令に定められた「天空率」とは異なる概念である点にご注意ください
図3:セマンティックセグメンテーションの適用結果(画像出典: 筆者撮影)
セマンティックセグメンテーションで分類した緑地や空、建物の割合を生産緑地の指定解除前後で比較することで、生産緑地の指定解除に伴う景観変化を分析します。しかし、「対象地の選定」の箇所で少し触れましたが、指定解除前後の2時点の画像の変化は、生産緑地の指定解除に起因するものだけではありません。例えば、季節・撮影時点の景観の特性や、地域特有の影響もあるかもしれません。そうした、生産緑地の指定解除以外の要素をできるだけ排除し、生産緑地の指定解除による変化を取り出す手法として、差の差分析を行います。 差の差分析は、ある施策を実施した、出来事が起こったグループと、実施していない、何も起きなかったグループの「実施前後における変化の差」を比較し、施策・出来事による純粋な効果を推定する手法です。以下の図4で詳しく説明します。例えば、生産緑地が指定解除された箇所で、緑視率がA%減少したとします。このA%の原因には、生産緑地の指定解除に加え、季節要因や地域要因が考えられます。一方、指定解除された生産緑地と類似する、指定解除されていない箇所では、B%の減少があったとします。この地区では生産緑地の指定は解除されていないため、このB%の減少は季節要因、地域要因によるものだとみなすことができます。このA%からB%を引いた(A-B)%は、生産緑地の指定解除による純粋な効果であるとみなすことができる、というものが差の差分析のアイディアです。 2023年に指定解除された16箇所それぞれに対して類似する生産緑地を、2018年以降一度も生産緑地の変更がない地区の中から「対象地の選定」で述べた手順で抽出し、差の差分析を行うことで、生産緑地の指定解除による景観の変化を定量的に示すことを目指します。
図4:差の差分析の概要
最後に、生産緑地指定解除による景観の変化の類型化を行います。そのための手法として、階層クラスタリングという手法を用います。階層クラスタリングとは、類似するデータをまとめる手段の1つで、データの持つ変数同士が似ている者、すなわち「近い」者同士をグルーピングする手法です。 今回は、指定解除された地区の5つの景観要素(道路、建物、緑地、空、その他)それぞれの変化の「差の差」(指定解除がなかった地域の変化を引いた純粋な変化)の「近さ」によりクラスタリングを行いました。「近さ」を直線的な距離で測る手法と、グループ内のばらつきが最も小さくなるように分類を繰り返すウォード法という手法を採用した階層クラスタリングを行っています。クラスタ数は、変数の類似度合いを樹形図のによって階層の構造で表したデンドログラムという図から、最適な数を判断しています。
まず、生産緑地の指定解除による景観の全体的な傾向の把握を行います。図5は、2023年に指定解除があった生産緑地16箇所と、それらに類似する指定解除がなかった生産緑地16箇所の、2023年以前と以後の景観の変化率の平均値を表しています。2023年以前と以後で指定解除された地域では、例えば植生(vegetation)が11.96%減少しているなど、非常に大きな変化があります。しかし、同様に指定解除されていない地域でも植生が変化しているため、生産緑地の指定解除による純粋な変化を抽出するためには、両者の差(差の差)を取る必要があります。両者の差を取ったものが表2です。 表2を見ると、特に変化の大きい要素は植生(vegetation)と建物(building)の2つであることがわかります。植生(vegetation)の割合については、生産緑地の指定解除に伴い、低下量が7.75%大きいことが確認されました。この結果から、生産緑地の指定解除に伴う緑視率の低下を定量的に実証できたと言えます。また、建物(building)の割合は、指定解除群により4.18%増加し、 植生(vegetation)に次いで2番目に大きな変動を示しました。この結果は、生産緑地の指定解除を要因とする宅地化の進行が、数値として明確に可視化されたことを示唆しています。その他の景観要素は、植生(vegetation)・建物(building)と比較した場合にはそこまで大きな変化は見て取れませんでした。
図5:指定解除地域と非指定解除地域の変化
表2:差の差(生産緑地指定解除による純粋な変化)
次に、景観変化の類型化を行うために、指定解除された生産緑地ごとの景観5要素の「差の差」(対応する生産緑地の変化を引いたもの)を用いた階層クラスタリングを行いました。クラスタリングの結果が以下の図6のデンドログラムです。デンドログラムは変数の類似度合いを樹形図の形で表したものであり、0に近い箇所で枝分かれしているもの同士は類似し、逆に0から離れた箇所で枝分かれしているもの同士は類似していない、という傾向があります。図から、ID8, ID12, ID2, ID6(クラスタ1)とそれ以外(クラスタ2)で分けるのが最適であると考えました。以降ではこの2つのクラスタの変化の違いを分析します。
図6:階層クラスタリングによるデンドログラム
以下の図7は、先ほど分類したクラスタ1とクラスタ2での各景観要素の差の差、すなわち指定解除による純粋な変化の平均値を示したものです。これをみると、クラスタ1では指定解除により植生(vegetation)が41.5%減少し、空(sky)が26.3%増加するなど、極めて大きな変化が起こっていることが分かります。一方クラスタ2は、クラスタ1と比較すると大きな変化は起こっておらず、空(sky)の割合の7.6%減少、建物(building)の割合の4.0%増加が比較的大きな変化となっています。
次に、図8に示したクラスタ1とクラスタ2の指定解除前の景観構成比を見ると、クラスタ1では指定解除前の植生(vegetation)の割合が高く、空(sky)の割合が低い生産緑地で、クラスタ2では植生(vegetation)の割合が低く、空(sky)の割合が高い生産緑地であることがわかります。ここから、指定解除前の緑視率が高い地域では緑視率の減少が大きいが、そうではない地域では変化は小さい傾向にあるという可能性が示唆されます。実際、指定解除前の植生(vegetation)の割合を横軸、指定解除による変化を縦軸とした散布図(図9)からも、その傾向が把握できます。
まとめると、クラスタ1とクラスタ2の傾向は以下のようになります。
図7:クラスターごとの景観変化(差の差)の平均
図8:生産緑地指定解除前の景観構成比
図9:指定解除前の緑視率(横軸)と指定解除による変化(縦軸)の散布図
ここからは、クラスタ1とクラスタ2における代表的な変化を、実際の画像をもとに観察します。以下は、クラスタ1に該当するID12の指定解除前後のGoogle Street Viewです。これを見ると、当初は高い木や芝が生い茂った緑溢れる地域でしたが、生産緑地の指定解除によりこれらが一掃され、緑のない空き地となってしまっています。高い木や芝がなくなってしまったことで緑視率が減り、逆に画像天空率が上昇する様子が見て取れます。
クラス1に該当するID12の生産緑地指定解除前後の様子
一方、以下の上側の埋め込み画像はクラスタ2に該当するID4の指定解除前後の画像です。この生産緑地は、当初は畑であり緑視率はそこまで高くないものの、一面に緑が広がっていました。指定解除後にはこの緑が刈り取られ、緑が減っているのが見て取れます。しかし、緑をはじめとした景観要素の変化としてはあまり大きくないのが特徴です。また、下側の画像は同じくクラスタ2に該当するID1の指定解除前後の画像ですが、この生産緑地は指定解除後に駐車場と住宅が建設されています。図7の右側のグラフでは、クラスタ2は空(sky)の割合の減少と建物(building)の割合の増加が比較的大きな景観変化の要素ですが、これはID1のような宅地化等に伴う画像天空率の減少に起因していると考えられます。
クラス2に該当するID4の生産緑地指定解除前後の様子
クラス2に該当するID1の生産緑地指定解除前後の様子
本稿では、Google Street Viewのタイムマシン機能とセマンティックセグメンテーションによる景観要素の数値化を組み合わせることで、生産緑地の指定解除前後における景観変化の定量化を試みました。分析にあたっては、指定解除前後の季節による変動や時系列的な差異の影響を取り除くために差の差分析を実施し、生産緑地の指定解除が景観に与える影響をより正確かつ定量的に把握することを試みました。また、指定解除に伴う景観変化を類型化するために、クラスタリングを行いました。分析の結果、以下のようなことがわかりました。
文責:山口颯斗・橋本侑京