論考 小澤紀美子

1.はじめにー衣食住から住食衣への転換を


 平成18年6月、「わが国の経済力にふさわしい豊かさを実感できる住生活の実現」のため、住生活基本法が制定された。住宅建設五カ年計画が終了し、住宅ストックが量的に充足され、人口・世帯数の減少に対する新たな「量から質へ」の住宅政策への転換と新しい枠組みが提示されたことになる。フローからストックの住宅政策移行に伴い、良質な住宅ストックや居住環境の「質」が問われることになったのである。さらに地方公共団体は地域の実情を踏まえた住生活の安定的な確保や向上に向けて政策を住宅基本計画として打ち出していかねばならず、一方、居住者は居住環境のあるべき姿や質を議論していくことが求められている。具体的には、居住性能、外部性能、住環境水準についての見識をもち、現行の政策に対する批判力をもって豊かな住生活や居住環境づくりにむけて参画していく能力の育成が求められていくことになる。
 現行の学校教育で住環境教育に関わりのある教科は家庭科、社会科、理科、保健、美術であるが、一領域を構成し、多面的に住生活をとらえている教科は家庭科である。しかし「生活」を論ずることを低く考えてきた日本では、マスコミでライフスタイル論が論じられてきている割には、戦後社会科ととともに新しく設置された教科である家庭科教育は重要視されないできた。
 生活の価値観はそれぞれの国の文化よる違いが大きい。「食・住・衣・行」は中国であり、「住・食・衣」はヨーロッパ。日本は「衣・食・住」である。住生活基本法を契機として日本人の住生活やそれを取り巻く住環境が魅力を増し、住文化への価値醸成の波がさざ波から大きなうねりになっていくことを願い、住教育ガイドライン策定委員会が設置され、筆者は座長としてとりまとめたので、本稿ではそのガイドライン「学校で住教育に取り組んで見ませんか?」(以下、住教育ガイドラインと略称)についての基本的な考え方や住教育の進展と普及について論じたい。
 誰もが「こんな家に住みたいな!」「こんな暮らしがしたいな!」「いろんな人と交流し、助けあって暮らしたいな!」と願い、住まいや暮らしの「かたち」を創ってきた。住教育とは、住まいやまちで安全・安心に暮らしたいという思いや願いを「かたち」にし、住生活や住環境をより豊かに魅力的に創るための教育である。そこで住教育ガイドラインでは学校教育に焦点を当てて、「子どもたちにこんな力を育てたいな!」という先生の願いをかなえる住生活や住環境教育のヒントを提示していくことにした。今を生き、未来に生きる児童・生徒の夢や希望を実現し、さまざまな人と交流し、多様な価値観と出会い、創造的に自己の住生活の価値を醸成していくスキルや対応する力をつけるのが住教育であると考えたからである。

2 住(環境)教育の意義


 学校教育現場では小・中・高等学校と系統的に展開されているのが「家庭科」であるが、住教育は、幼い頃からのごっこ遊びに始まり、小学校や中学校、高等学校のさまざまな教科で学習できると考える。さらに成人・高齢者にも住改善に必要な情報の理解、維持管理の仕方、地域やまちづくりへの社会参加ができるスキルを育む生涯学習として重要な学びであり、そのためには以下の視点からの展開が求められる。
 1)人と人、人ともの、人とこと、人と空間など、さまざまな関係性をデザインする力を育てる<図1>。2)自分や家族の豊かな住生活づくりや他者と共に働く力を付け、家族や地域社会で協働できる力を育てる。3)豊かな住生活を営む自律的・自立的な力をつけ、さまざまな人と協同・交流し、住環境を改善していく力を育てる。4)消費者としての判断力や意思決定能力を育てる。したがって本稿での住教育の概念には住まいの周辺環境を含めて、住環境教育という意味で用いていく。
 では住環境教育の魅力と住教育の領域をどのように考えていくのがよいのであろうか。学校教育では教員は子どもの目が輝く授業の展開を求めて、次のように努力をしている。1)変化しつづける社会のなかで、自ら課題を見つけ、自ら解決していく能力を育成し、児童・生徒の学ぶ喜びを高め、意欲を引き出す授業を展開している。2)「育てたい力」に応じた多様な学習プログラム、多様な学習形態をとり、魅力的な授業を展開する。3)住教育は子どもからお年寄りまでが世代を越えて、それぞれの立場から共に学ぶことができる。子ども(夢見る人)ー大人(夢を実現する人)ー高齢者(生きることを味わう人)がそれぞれの魅力を生かし、協同的に学ぶことができる。4)目標探求型の新しい授業ができ、多元的なコミュニケーションが生まれ、価値創造、共生的で個性的な能力を育てることができる。
 さらに内容的な側面からみると、1)自分や家族の休養やくつろぎの<精神的・心理的側面>、2)家族や近隣の多様な人々とかかわって、成長していく<社会的側面>、3)安全で健康に住むための、<安全・保健的側面>、4)静かさ(音)や明るさ(光・太陽)、空気、暖かさ・涼しさ、衛生などの健康に暮らせる<科学的側面>、5)災害に安心して暮らせる<安全の側面>など、多面的に組み合わせて、多様な学習プログラムで創造的な授業が展開でき留野で、一教科の枠内に収まらない展開が可能である。
 そこで住教育ガイドラインでは、具体的な領域を以下の4領域で構成し、その授業の展開の2つの事例を示している。1)人と住まい:住まいの暗然・安心、家族の語らいやくつろぎ・団らんなど、住まいの機能や構造、生活との関係を学習する<授業展開事例ー「語らう」「まもる」>。2)住まいの空間と構成:人が住む器は人体寸法が基本で、それに動作空間が加わること、部屋と部屋を繋ぐ原理があること等、くらしに対応した住まいの空間や構成を学習する<「はかる」「ひらく」>。3)住まいと社会:住生活に必要なライフライン、地域の中での住まい、まちの良好な景観など住まいと社会のつながりを学習する。<「つながる」「住み続けたくなる」>。4)住まいと環境:気候風土と住まい・住文化、環境と共生する住まい、住まいの維持管理のあり方を学習する。<「環境とかかわりながらくらす」「住まいを永く大切に」>。詳細はHPを参照されたい。
 こうした領域構成で男女問わず関心高いテーマ(題材)を設定でき、体験的・実践的学びによって様々な学びの要素をつなげ児童生徒の思考力や洞察力を育てていくことが可能になる。また住まいは多様な領域で構成されており、住に関連する仕事が多いので、学校に多彩な人的ネットワークを呼び込み、キャリア教育もできるのであり、建築士の方の学校でのゲストティチャーとしての役割も期待できるのである。
 なお住教育ガイドラインでは図2に示すような児童・生徒の学習段階に応じた学習の流れの中でフィードバックを重ねながら内容を深化させステップアップすることにより、住教育がめざす能力を育成していく。
 これからの子どもの学びは試験に応ずるために一方的に知識や文化を注入(伝達)するのではなく、一人ひとりの考えの道筋や興味・関心が異なることを前提として、子どもの思考態度や探求の方法をそれぞれ豊かに醸成すること、主体的に学び続ける能力を育成することが求められるのである。そこで学習者の関心を喚起させ、その「気づき」を次のステップの「調べる」(意欲・判断力)という学習活動へ導き、その事象の背景や問題の構造を「探る」,「考える」(思考力)活動へと導き,解決のための代替策を洞察し,学習者自ら答えを導き出すと共に(批判性・問題解決力),互いに協力しあう活動もとりいれ,様々な主体間の連携・協働の意義・意味を考えさせ,実践する(学習者の価値観や態度が社会参画に向かう)展開が必要である。
 具体的には,「なぜ」「どうして」という疑問や好奇心から出発して「関心の喚起(気づく)→理解の深化(調べる)→思考力・洞察力(考える)→実践・参加(変える・変わる)」といったフィードバックを伴う螺旋状的な学習過程をたどる。このプロセスはJ・デューイのいう反省的思考過程であり、アクション・リサーチでもある。2008年9月に発行された「総合的な学習の時間」の学習指導要領解説編にも記載されているので、参照されたい。

3 学校における住環境教育の内容と課題 
 集合住宅の維持管理の状況があまり良くないので日本住生活株式会社から委託を受け、子ども向けの住まいの副読本づくりの監修をしている。「考えよう!わたしたちの快適な住まい」(編集・制作:株式会社全教図)で、1996年より13年を経て、全国の中学校の家庭科教師からの要望による毎年約1,000校に述べ約3,000千部配布し、授業に活用してもらっている。基本的には、中学校家庭科の学習指導要領に沿った内容になっているが、学校での家庭科の授業時数が削減されてきているので、教科書ではないので子どもが読みたくなるよう中学生向けの絵本風のつくりにしている。
 集合住宅のストックが多い東京をはじめ地方中核都市の中学校家庭科教員に副読本を配布し、授業内で使用してもらったり、空き授業の時、子どもたちに読ませるなどの工夫をお願いしている。集合住宅での暮らしを快適に、かつ安全・安心して暮らせるよう考えてもらえる内容になっているが、この副読本を配布するのは子どもたちだけが学ぶのではなく、子どもを通して大人にも住まい方やマナー・ルールを考えてもらい、集合住宅の維持管理の大切さを知ってもらう意図をもっている。
 小学校5,6年生で家庭科を学んできた生徒たちが副読本の内容にどんな反応があるのか、次の副読本製作のためにも読書後の感想文をも求めている。毎年、4千人近い子どもの感想文が戻ってくる。その内容を分析すると、最近の子どもたちの心の問題や居場所を求める声を反映している感想文が印象的である。家族の生活と住まいのかかわりを考えさせる内容のページに示してある家族の食事の場面に自分の家の食事風景をかさね、家族の温かい交流を求める子どもの声もあげられている。
 一方、住宅の内外の施設・設備への反応が多いことにも驚く。新鮮な反応があるのである。多種多様な職種によって住宅が点検、維持されていることの発見の声である。ライフラインと住居の結びつき、さらに生活を維持していく、あるいは共同住宅として成り立つために必要な施設・設備の点検・清掃・修理などについて全く知らない状況が伺えるのである。
 確かに、住まいのことは学校教育の中では独立した領域として、小・中・高校の家庭科教育の中で扱われており、小学校5年生から学習し、高校では男女共に学習しているが、その限られた授業時間内では住まいにかかわるすべてを学習することは不可能である。筆者編著の「豊かな住生活を考えるー住居学」(第三版・彰国社)において小・中・高等学校の家庭科で教えたい内容を示しているが、大学生になって親から独立することになっても、アパートを借りて住まう身なので維持管理を意識することは少ない。

4 環境共生型学校建築の実践から省エネ住建築を学ぶ実践
 地球温暖化問題がクローズアップされているが、環境教育の実践では自然に触れたり、様々な学習を通して、最後の結論が「こまめに電気を消しましょう」という行動育成しかできていない学校が多い。省エネルギー教育においては見えないエネルギーや断熱構法をどのように「見える化」して学ばせていくか、校内研修として筆者が参加した荒川区のN小学校の環境教育の事例を紹介したい。N小学校では、よりよい環境づくりに主体的にかかわる児童の育成をめざして、校長を筆頭に全教員が参加して系統性・連続性のある6年間の環境教育の指導計画を策定し、児童の体験や経験を生かした環境教育を推進してきた。
 4年生までの授業の展開は省略するが、高学年では、森林の大切さ、温暖化問題、環境の循環、生命と食等の問題意識が芽生えているので、環境改善のための行動を実践する方の”生き方”に触れながら、環境問題をより身近に感じ、自分の生活を見直していく態度が養われ、エコライフを自分達の言葉で提言するに至る学習が展開されている。そうした過程で、2007年度にエコスクールとしての校舎の改修を行ったので、外断熱工法の意味や、建物の庇の意味、屋上緑化、2重ガラス窓、体育館のOMソーラーシステムの原理の理解などの原理、科学的な認識を深めている。学校エコ改修と連動させた20時間の環境教育の授業は、表1に示すような流れで、<>内が時間数で記載のないのは1時間での実施となっている。
 こうした学習により、5年生の子どもは9月のエコフェスティバルで地域の方にOMソーラーの体育館の模型を作ったり、一重と二重ガラスの下にアイスノンをおいて熱の伝導をしめす簡単な実験装置を作成し、理解し、説明している。
 日本の学校建築は無断熱で、夏暑く、冬寒いという先進国としては劣悪な学習環境にあるが、近年の異常気象の基、エアコンを導入する学校が増えているが、省エネルギー対策を行わないで、エアコン導入だけを進めても大幅なエネルギー消費を招いてしまう。荒川の小学校の実践を通して各家庭における住建築への波及を期待したい。


5 社会教育としての住環境教育
 想像力の種は、幼児期から絵本を読むことによっても培われるので、小学校のでも多くの絵本を読ませたい。しかし日本では多くの絵本が出版されているが、海外に比較して住まいやまち(都市)に関する絵本が少ないのは住文化の蓄積の希薄さであろうか。欧米の学校を訪問すると、特に低学年の学級には季節毎にあるいは行事に関連した絵本が置かれており、子どもは好きなときに絵本を読めるようになっており、授業の折々にも活用されている。
 絵本を通してどのような力を育成していくのであろうか。例えば、翻訳絵本「バーバパパのいえさがし」は、バーバパパ一家が再開発のために住んでいた家を追い出され、コンクリートの箱でしかない集合住宅に住むのであるが、どうしてもなじめないために一家で新天地を求めて郊外の空気の良い居心地の良い丘の上に自分たちでライフスタイルにあった住まいをつくって住んでいる。ところが、そこに開発の波が押し寄せてきたために、せっかく家族が力を合わせてつくった快適な住まいを追い出されそうになり、皆で開発に抵抗して住まいや環境を守るという物語で、幼稚園の子どもにも人気の高い絵本である。
 この絵本は、快適な住まい・まちづくりの主体は居住者自身であり、自らの働きかけがなければ魅力ある住まいやまちづくりができないことを物語っている。
 博物館による住環境教育も社会教育に入れていきたい。筆者が学習の場として評価する博物館は、江戸時代の佇まいを実物大で再現している深川江戸資料館である。子どもが生き生きと館内で学習しており、ここでは事前に教員に研修する機会や詳細な教員用の冊子を配布するなどの工夫を行っている。もちろん子ども用の冊子も用意されている。この博物館では、視覚的な工夫だけではなく、音や明かりの変化で一日の時の流れと人々の生活の変化を表現展示しており、子どもが興味を持つように工夫されている。また子どもが疲れずに学習できる適度な広さである。
 子どもは幼児期から空間の配置に対応した実験遊びをし、学齢期・思春期には既存の空間の配置の改善要求や実際に試したいという要求をもつ。しかし日本では、大人すら自分の家の修理やまちづくりへの参加は少なく、その楽しさや大切さを子どもに伝え、継承していくことの重要性を認識している大人は少ないのではないだろうか。昭和30年代頃までは近所の家の建て替えなど、日常的に見ることができ、壁の材料としての土壁を暗黙の内に知りえていた。一方、江戸時代から普請道楽は旦那衆の特権であり、サロン文化も商人の住まいの中で花開いてきた。しかし戦前まで住宅の約7割は借家であり、住宅の手入れは大家の仕事であり、一般大衆の住宅は民家園で保存もされてこなかったのではないだろうか。
 学習とは文化伝承のシステムであり、地域や古いモノを捨てることではない。「生きられた空間」を生かしてこそ、子どもは未来に希望をもつ。日本は戦後一貫して「捨てる」文化を育んできた。東京のみならず地方都市においても都心の古い住建築は壊され、生活文化をも捨て、無機質なビル群に変わり果て、高齢者や子どもの安全や安心を切り捨てた空間を生み出してきた。無機質で均質な空間は子どもの行動を荒々しくさせ、攻撃性を増長させる。
 学校知と生活知を統合していく場が「地域」である。変化の激しい時代であるからこそ、地域の記憶を共有し、「場の意味」を媒介として子どもと大人が共に向き合う協同的な学びの場が学校だけでなく、地域にも広がっていくことを期待したい。住環境教育においても同じことが言えるであろう。

 図1 「住」の関係性の広がり

 


図2 学習の流れ

 

感性  →

理解・認識 →

思考・判断 →

表現・行動・実践

 

学習の
流れ

感じる
気づく
思う

願う

知る

(分かる)
調べる

考える
洞察する
判断する

伝える
評価する
やってみる

(行動する)
できる

活用する

 

関係性による

広がり

共感する
親しむ

愛着をもつ

つながりを知る

総合的に判断する
展望する

将来を見通す

コミュニケーションする
働きかける
協働で取り組む

 

住教育への

展開

・空間や環境をからだで感じる

・住まいの機能や種類、多様な住まい方を知る

・自然環境、近隣、社会との関係の中での住まいを考える

・自分らしい住まいを実現する

・自分たちのまちづくりに取り組む




表1 荒川区立N小学校の実践

1.「熱」に対するおもしろい話を聞こう! 

ゲストティーチャー(大学教員)から「人は発熱体」「人が出すエネルギーは大きい」など熱に関する原理を学ぶ

2.人を暖める方法を考えよう!<2時間>

大学の先生の話から人を暖める方法について考えを発展させる

3.「暖まり大会」をやろう!

グループ毎に暖まる方法を実際に体感し、サーモカメラで体の体温変化を知る

4.「暖まり大会」をふり返ろう!

暖まり方の良い点・改善点をグループ毎に話し合い、人の暖まり方とエコ改修に用いられている技術とのつながりに気づく

5.建物の暖まり方を人に伝えよう!

エコ改修を人の体にたとえて実演 ・エアダウンジャケット着る=外壁の外断熱/服の2枚重ね着=2樹ガラスの窓/ツバの付いた帽子をかぶる=窓のルーバー/毛糸の帽子をかぶる=屋上緑化/服のファスナーをあげる=校舎内の間仕切り/黒い布を身に付ける体育館の太陽光の利用

6.エコ改修に使われた「熱の特ちょう」を調べよう!<「熱」に関する実験:2時間>

1)フタ付き/フタなしビーカー内の湯の温度変化
2)1重/2重ビーカー内の湯の温度変化
3)何もしていない/発泡スチロール付きペットボル内の湯の温度変化
4)白テープ/黒テープを巻いたペットボトル内の湯の温度変化

7.「エコ改修ツアー」をしよう!

ゲストティーチャー(設計者)によるエコ改修の技術を知る

8.エコ改修の授業を通してみんなに伝えたいことを考えよう!

ゲストティーチャー(設計者)によるエコ改修の技術を知る

9.エコ改修について学んだことをわかりやすく伝えよう!<8時間>

エコ改修で学んだことを地域の方々に伝えるための資料づくりと発表練習