住民の年代によって感じる「住みよさ」に差のある地域の特徴とは?

1.はじめに


 皆さんは地域の「住みよさ」に寄与する要因としてどのようなものが思いつくでしょうか。緑の多さや駅への行きやすさなどを挙げるかもしれません。
 吉田ほか(1998)[1]では病院やスーパーマーケットといった近隣生活施設へのアクセシビリティが「住みよさ」を規定する主要な要因であることが示されています。またこの「近隣生活施設へのアクセシビリティ」の重要性はコロナ禍において更に高まったと見ることができます。その動きの一つが「15-Minute City」です。15-Minute Cityは自宅から徒歩(又は自転車)15分圏内に必要なすべての近隣生活施設が備わっていることを意味する概念です。この概念自体はCOVID-19蔓延以前から存在するものでしたが、コロナ禍における移動制限を契機に、ロックダウンが行われたヨーロッパの都市計画で特に重要性を増しました[2]。
 一方、同じ地域に住む人々の中でも、個人の属性、特に年代によって、それぞれの近隣生活施設のニーズは異なるため、地域に対して感じる「住みよさ」も異なると推測されます。そこでこの記事では神奈川県横浜市の複数地区について、異なる年代にとっての「住みよさ」を、近隣生活施設へのアクセシビリティの観点からスコア化します。次に2つの年代の住民の「住みよさ」のスコアの差分が大きい(すなわち、2つの年代の住民が感じる「住みよさ」の差が相対的に大きい)地域について考察を行います。

2.分析手法


①対象地


 対象地は神奈川県横浜市としました。これは後述の参考文献[5]のアンケート対象地である愛知県名古屋市と人口規模が比較的近く、また筆者の土地勘がある程度利き考察が容易なためです。「住みよさ」のスコアを算出するにあたっての空間分析単位は、対角線の長さが1000mである正六角形(すなわち、半径500mの円に内接する正六角形)の領域としました。通常空間分析単位としては正方形の領域を用いることが多いですが、正六角形の領域は隙間なく敷き詰めることのできる正多角形のうち最も形状が円に近いこと、図1に示すように隣接する正六角形の重心間の距離が常に等しいことなどのメリットがあります。領域の大きさの決定に際しては、高齢者も含めた普遍的な徒歩圏として、国土交通省の資料で「高齢者徒歩圏」とされている半径500mを参考にしました[3]。なお本分析の目的に鑑み、住居系用途の面積割合が50%を超える領域のみを対象としています。


図1 正方形の領域と正六角形の領域の比較



図2 対象地と六角形の領域


②近隣生活施設の種類


 「住みよさ」のスコア化に際して、対象とする近隣生活施設をFerrer-Ortizほか(2022)[4]を基に決めました。[4]では15-Minute Cityが必要とする近隣生活施設の種類を、公共交通、医療、教育、日用品供給、娯楽の5種類に分類しています。この分類に基づき、本分析で対象とする近隣生活施設は表1の6種類とします。

表1 本分析の対象近隣生活施設
対象近隣生活施設 分類 出典
バス停 公共交通 国土数値情報
内科医院 医療 国土数値情報
小学校 教育 国土数値情報
スーパーマーケット 日用品供給 OpenStreetMap
図書館 娯楽 国土数値情報
公園 娯楽 国土数値情報


③スコアの算出方法


 「住みよさ」のスコアは以下の4段階で算出されます。
 ⑴各領域iに存在する各近隣生活施設jの数Ni,jを数えます。
 ⑵各近隣生活施設jについてNi,jを標準化(平均が0で分散が1のデータに変換すること。具体的には各データから平均を引き、その値を標準偏差で割ることで変換する。)し、標準化済近隣生活施設数Si,jを算出します。
 ⑶年代gの住民が、居住地選択にあたって各近隣生活施設jをどれだけ重視しているかを表す重みづけの値Wg jを算出します。(次段落で詳述)
 ⑷すべてのjについてSi,j Wg jを足したものΣj( Si,j Wg j)を、年代gの住民にとっての領域iの「住みよさ」のスコアZg iとします。

 ここから⑶重みづけの値Wg jの算出について詳述します。算出に当たっては名古屋まちづくり公社のアンケートの結果を使用しました[5]。アンケートは名古屋市内に居住する20~79歳(2000人)が「現在の住まいを選んだ理由あるいは住み続けている理由」を、本分析の対象とした6つの近隣生活施設を含む35項目から選んで回答する形式です。アンケート結果は年代別に示されており、年代別の各近隣生活施設の選択率の比を基に、合計が1になるように重みづけの値Wg jを算出しました。本分析では30~39歳と65~74歳の2つの年代について重みづけの値Wg jを算出しました。表2に重みづけの値Wg jを示します。表2からバス停、小学校については30~39歳の重みの方が大きく、その他の近隣生活施設については65~74歳の重みの方が大きいことがわかります。

表2 2つの年代の各近隣生活施設の重みづけの値Wg j
バス停 内科医院 小学校 スーパーマーケット 図書館 公園
30~39歳 0.578 0.052 0.100 0.189 0.010 0.071
65~74歳 0.518 0.105 0.047 0.212 0.016 0.102


3.結果・考察


 一方の年代にとっての「住みよさ」のスコアは高いものの、もう一方の年代にとっての「住みよさ」のスコアは低い地域(以下、「スコア乖離地域」と記します。)を明確にし、スコア乖離地域の特徴を考察することを目的に、2つの年代にとっての「住みよさ」のスコアを基に領域を色分けした図を図3に示しました。しかし、明確にスコア乖離地域といえる領域(凡例の左上、右下の色)は存在せず、この可視化からはスコア乖離地域を明確にできません。


図3 2つの年代にとっての「住みよさ」のスコアZ30-39、Z65-74の分布
(等量となるよう閾値を設定。凡例中の数字は該当する領域の個数)


 そこで2つの年代にとっての「住みよさ」のスコアの差分(Z30-39―Z65-74)を基に、Local MoranのI統計を行った結果を図4に示します。Local MoranのI統計は、近い値または遠い値同士が空間的に近接している部分を統計的に示すことを可能にする手法です。Local MoranのI統計を本分析に応用することにより、差分が大きい領域が近接している部分を把握し、スコア乖離地域を明確にすることができます。図4を例にとると、赤く示した「High-High Cluster」は30~39歳にとっての「住みよさ」が65~74歳にとっての「住みよさ」を相対的に大きく上回る領域が近接している部分、青く示した「Low-Low Cluster」は30~39歳にとっての「住みよさ」が65~74歳にとっての「住みよさ」を相対的に大きく下回る領域が近接している部分を表しています。ここからHigh-High Cluster、Low-Low Clusterそれぞれ1つずつ(図4で示した1、2。以下、「クラスター1」、「クラスター2」と記します。)について、考察を行います。


図4 (Z30-39―Z65-74)を基に行ったLocal MoranのI統計の結果


 クラスター1はJR磯子駅西側に存しており、1960年代に開発された汐見台団地が立地しています。図5右のグラフを見ると、バス停や小学校の密度が高いことが30~39歳にとっての「住みよさ」の高さに繋がっていると考えられます。実際、クラスター1の中でも磯子駅に近い東側には、2013年と2014年に竣工された2つのマンション群が立地しており、この地域の30~39歳にとっての「住みよさ」が近年のマンション開発に繋がったと考えられます。


図5 クラスター1の詳細図及び全領域とクラスター1の各近隣生活施設の平均個数


 クラスター2は相鉄線希望ヶ丘駅、三ツ境駅の南北にわたって存しています。図6右のグラフを見ると、バス停の密度の低さが30~39歳にとっての「住みよさ」に負の影響を与え、一方で公園の密度の高さが65~74歳にとっての「住みよさ」の高さに繋がっていると考えられます。実際、横浜市全体の老年人口比率が24.9%なのに対し、クラスター2がまたがる瀬谷区と旭区の老年人口比率はそれぞれ28.0%、29.6%と高く、30~39歳にとっての「住みよさ」と65~74歳にとっての「住みよさ」の差が反映されていると考えられます。  


図6 クラスター2の詳細図及び全領域とクラスター2の各近隣生活施設の平均個数


3.おわりに



 本分析では、地域に対して異なる2つの年代の住民が感じる「住みよさ」を、近隣生活施設へのアクセシビリティの観点からスコア化し、2つの年代の「住みよさ」のスコアの差が大きい地域の特徴について考察しました。考察から、2つの年代の「住みよさ」の差が大きい地域については、その「住みよさ」の差が近年のマンション開発や老年人口比率などに反映されていることが示唆されました。しかしながら本分析には改善の余地があります。例を挙げれば、アクセシビリティを計測する際に近隣生活施設の面積などの魅力度を考慮していないことや、鉄道駅までの距離といった地域の特徴の差による各近隣生活施設の重要性の違いを重みに反映していないことは本分析の課題と言えます。こうした課題を解消し、スコア乖離地域に実際住んでいる人の年代も重ね合わせた考察を行うことで、年代による居住地選好の違いについてより深い視座が得られる可能性があります。

文責:福島渓太

【謝辞】
名古屋まちづくり公社の担当者様にはアンケート結果の使用を快諾していただきました。ここに記して謝意を表します。

【参考文献(全て2023/09/24閲覧)】


[1]吉田朗・鈴木淳也・長谷川隆三: 近隣環境における「生活の質」の計測に関する研究, 日本都市計画学会学術研究論文集, Vol. 33, pp. 37-42, 1998.
[2]COMMON EDGE: The Surprising Stickiness of the “15-Minute City”, 2022. URL: https://commonedge.org/the-surprising-stickiness-of-the-15-minute-city/.
[3]国土交通省都市局都市計画課: 都市構造の評価に関するハンドブック, 2014. URL: https://www.mlit.go.jp/common/001104012.pdf.
[4]Carles Ferrer-Ortiz, Oriol Marquet, Laia Mojica, Guillem Vich: Barcelona under the 15-Minute City Lens: Mapping the Accessibility and Proximity Potential Based on Pedestrian Travel Times, Smart Cities, Vol. 5, No.1, 2022.
[5]名古屋まちづくり公社: ライフステージの変化に伴う居住地選択に応じた都市空間形成戦略, 2020. URL: https://www.nup.or.jp/nui/user/media/document/investigation/r01/lifestage.pdf.
[6]国土交通省: 国土数値情報ダウンロードサイト, URL: https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/.
[7]OpenStreetMap, URL: https://www.openstreetmap.org/.(図2~図6の背景地図として使用)