1.はじめに
みなさんは「スプロール市街地」という言葉を知っているでしょうか?スプロール市街地とは、都市の急速な発展に伴い、近郊農村において無秩序、無計画に広がっていった市街地を指します。図1に示した埼玉県鴻巣市の航空写真では、水田地帯に住宅が点在する様子を確認できます。これはスプロール市街地の一例と見ることができるでしょう。スプロール市街地は排水施設や道路といった公共施設の整備が後追い的になり、非効率な公共投資に繋がる傾向にあることが問題視されてきました。一方、スプロール市街地の定義は曖昧かつ多様であり、空間的な範囲を決定することは困難です。しかしながら、人口減少下においては都市のスポンジ化(都市の内部で空き地や空き家がランダムに数多く発生し、多数の小さな穴を持つスポンジのように都市の密度が低下すること)等の課題に即地的な策を講じる必要があり、スプロール市街地の空間的な範囲を定量的な根拠に基づき決定する必要があると言えます。
そこでこの記事では、まず都市空間を物的環境を基に、クラスター分析で類型化します。そのうえで、都市空間の各クラスターの特徴を詳細に考察し、多様な形態で存在するスプロール市街地の空間的な広がりを、市街地から農地にかけての繋がりのなかで捉えることを目的とします。
図1 埼玉県鴻巣市の航空写真([1]地理院地図から引用)
2.分析手法
(1)対象地
対象地は埼玉県さいたま市、新座市、熊谷市(以下、3市と記します。)としました。対象地の選定理由は、図2からわかる通り3市は、東京近郊から北関東にかけて、発展した市街地から近郊農村まで多様な形態の都市空間を含んでおり、この記事の分析に適していると考えたためです。また空間分析単位は一辺約500mの長方形の領域(以降,「領域」と記します.)としました。例として、さいたま市における空間分析単位を図3に示します。図2 対象自治体の位置([2]国土数値情報ダウンロードサイトのデータを使用して作成)
図3 さいたま市における空間分析単位([2]国土数値情報ダウンロードサイトのデータを使用して作成)
(2)クラスター分析とは?
今回の分析ではクラスター分析という分析手法を用います。クラスター分析は、簡単に言うと、データを似ているもの同士でグループ(以後クラスターと呼ぶ)に分ける統計手法です。これによって、データの構造やパターンを見つけ出すことができます。具体的には、似ている値を持つデータ同士を同じクラスターに割り当て、異なるクラスターのデータが持つ値はできるだけ異なるものとなるようにします。食品を例にとると、それぞれの食品が持つたんぱく質や脂質やビタミン等の栄養素の含有量を変数としてクラスターに分類することができます。鶏肉と豚肉、パンとパスタは似た栄養素を持つので、それぞれ同じクラスターに割り当てられると考えられます。
クラスター分析にも様々な種類がありますが、今回は階層クラスター分析のward法というものを用います。階層クラスター分析は、データを階層的な構造でクラスターに分類する統計手法です。ward法では、似ているデータを最初に小さなクラスターにまとめ、次第に大きなクラスターに結合していく形で分析が進みます。最終的に、全てのデータが1つの大きなクラスターに統合されます。したがって、クラスター数は自由に決定することができ、クラスターの解釈のしやすさなどによって決定します。
(3)クラスター分析に用いる7つの指標
本分析ではクラスター分析に用いる指標として、建築物、道路、農地の3つの視点から都市の物的環境を表す7つの指標を用いました。表1に7つの指標の算出方法を示しました。・建築物に関する指標
①平均建築面積
領域において建築物が占める面積のことを建築面積と言います。つまり、平面的な建築物の大きさを表す指標といえます。
②平均建物階数
建築物の高さを表す指標です。立体的な建築物の大きさを表す指標です。今回は建物高さのデータを用いて1フロア4mとして階数を推定しています。
③棟数密度
一定面積当たりに建築物がどのくらいの数存在するかを表す指標です。
・道路に関する指標
④道路率
領域に占める道路面積の割合を表す指標です。
⑤道路方向秩序
道路がどれだけ整然としているかということを表す指標です。道路が碁盤の目状に整備されていると大きい値を取り、複雑/無秩序であると小さい値を取ります。
・農地に関する指標
⑥農地率
領域に占める農地面積の割合を表す指標です。
⑦一筆当たり農地面積
農地の規模を表す指標です。農地1つあたりの規模が大きいほど、大きい値を取ります。
3.結果
3市全体で行ったクラスター分析の結果が図4、図5、図6です。図4 クラスター分析結果(さいたま市・新座市)
図5 クラスター分析結果(熊谷市)
各市についてクラスターの分布をみると、どの市でも市街地から農地に向かうにつれて特定のクラスターが卓越していることが分かります(図7)。例えば、熊谷市では、鉄道駅周辺などの市中心部から周縁部の農村地帯に向かって、クラスター1→3→7→8の順で取り巻くように分布しています。ここで人口集中地区(DID)の周縁部に注目してみましょう。すると、さいたま市・熊谷市ではクラスター3が、新座市ではクラスター2が主に分布していることが分かります。したがってこれこそが、いわゆる「スプロール市街地」を可視化したものだといえるでしょう。
※人口集中地区(DID)とは
「都市的地域」(いわゆる人口密度の高い「市街地」)を定める地域単位。国勢調査基本単位区等を基礎単位として、1)原則として人口密度が1平方キロメートル当たり4,000人以上の基本単位区等が市区町村の境域内で互いに隣接して、2)それらの隣接した地域の人口が国勢調査時に5,000人以上を有する地域が「人口集中地区」として設定されている。
図6 各市におけるクラスター分布の特徴
それぞれのクラスターの詳細な特徴は以下のようになっています。なお、クラスター5、6、9、10については、河川や大規模な工場、未利用地が主に分布していたり、数が少なかったりしたことから、今回の考察からは除いています。
クラスター1:
道路率・棟数密度が高く最も「都会的」なクラスター。幹線道路が通り整然とした道路網を形成。さいたま市の駅前市街地から熊谷市の戸建住宅地までクラスター内でも様々な形態の市街地が見られる。図7 クラスター1に属するメッシュの例(右図の黒は道路、濃灰は建物、薄灰は農地を示す。以下同じ)
クラスター2:
新座市にのみ存在し街路が整然としていない(方向秩序の値が小さい)。道路率・農地率・棟数密度の値から市街化が進んでいると思われるが、整理された道路網と言えない。緑も見られスプロールの一形態といえる。図8 クラスター2に属するメッシュの例
クラスター3:
戸建中心の市街地に農地が点在する、いわゆる「日本型スプロール」的クラスター。クラスター1の周辺に見られ、熊谷市、さいたま市、新座市のそれぞれで見られる。約半分のメッシュが DIDと重なる。図9 クラスター3に属するメッシュの例
クラスター6:
土地利用は農地中心の農住混在クラスター。さいたま市の農地を含むメッシュはほとんどがこれに属する。未利用地が比較的多いことが特徴で、クラスター7と比べ、農地率、棟数密度ともに低い。図10 クラスター6に属するメッシュの例
クラスター7:
熊谷市に多い農地中心の農住混在クラスター。農地率、棟数密度ともにクラスター6より高い。農地と住宅が高密に共存し、未利用地が少ない。所々に農地転用したと見られるまとまった住宅開発が見られる。図11 クラスター7に属するメッシュの例
クラスター8:
熊谷市に多い農地利用が中心のクラスター。農地率がクラスター 7よりさらに高く、方向秩序が高いことが特徴。格子状の農地(田圃が多い)が中心だが、その一部に住宅がまとまって存在している。図12 クラスター8に属するメッシュの例
4.おわりに
本分析では、埼玉県の3自治体を対象に、定量的指標に基づいて市街地を類型化し、それぞれの特徴を考察することによってスプロール市街地の可視化を試みました。今回の分析では1時点のデータのみを用いましたが、今後複数時点のデータを用いて時系列横断的に分析することで、スプロール市街地の成り立ちや形成過程についてより詳細に明らかにするといった分析の展開も可能だと考えられます。
補注:道路方向秩序の算出方法
①道路網を各パスの頂点と交点(黒点)で切断する
②メッシュごと、方位角 10°ごとにパスを切断したセグメントの長さを集計
各セグメントは両方向で集計する。例えば、①における赤い線は東向き西向き両方のセグメントとして集計する。③メッシュごとに②で集計したセグメント長Oiを用いてシャノンのエントロピーHoを算出
④Hoを正規化し、方向秩序の指標とする
0~1の値を取り、1に近いほど道路が整然としていることを表す。(文責:稲垣遥大、成澤拓実、福島渓太)
【参考文献】
[1]国土地理院, 地理院地図, https://maps.gsi.go.jp/[2]国土交通省, 国土数値情報ダウンロードサイト, https://nlftp.mlit.go.jp/ksj/
[3]BOEING, Geoff. Urban spatial order: Street network orientation, configuration, and entropy, Applied Network Science, 2019, 4.1: 1-19.
[4]総務省統計局, 人口集中地区とは, https://www.stat.go.jp/data/chiri/1-1.html
データの出典
・農林水産省「農地筆ポリゴン(2021 年公開版)」・国土交通省「3D 都市モデル(Project PLATEAU)さいたま市・新座市・熊谷市(令和 2 年)」
・国土数値情報「DID データ(昭和 45, 平成 2 年)、鉄道データ、行政区域データ(ともに令和 3 年)」
・国土地理院「地理院地図(航空写真)、地理院地図(淡色地図)」
・総務省統計局「4 次メッシュ(500m メッシュ)」
・OpenStreetMap「道路データ」
本記事の内容は、「稲垣遥大・天野莉緒・岡村幸樹・菊地穂澄・成澤拓実・橋本侑京・福島渓太・細野良子・山田拓実・薄井宏行, 2022 , スプロール市街地の定量的整理 ―埼玉県3市を対象とした比較分析―, no.1, 第31回地理情報システム学会研究発表大会.」の成果の一部を加筆・修正したものです。