地域名称による空間イメージの広がり

1.はじめに

 これまでに,「地域や建物の名称によるイメージの形成」と題して,東京23区内の地域名称の広がりについて見てきました.これは,建物名称が実際の町名からはみ出している割合を算出し,地域名称の相対的な競争力を可視化する試みでした.前回の分析では,「はみ出し率」という指標を使って,地域イメージの強さを測っていました.はみ出し率の定義は,

(はみ出し率) =(地域名称のつく建物の合計)÷(対象町目内の地域名称のつく建物の合計)

としており,対象町目から1.5km圏内の建物を対象としています.
 結果の一例として,「秋葉原」でははみ出し率が22.4と非常に高いことがわかりました.これにより,秋葉原の町目外にも地域名称のつく建物が広がりをみせていることがわかりました.この要因は秋葉原という地域名称の範囲そのものが比較的狭いこともありますが,秋葉原という地名にブランド力があるため,地域名称は異なっても秋葉原という地域名称を採用したと考えられます.

※なお,「地域や建物の名称によるイメージの形成」の詳細については,こちらをご覧ください。

 これまで分析で,東京23区内のどこで地域名称のイメージが強いか分かりましたが,複数の地域名称のイメージが拮抗しているような地域での,建物の空間的広がりまでは掴めていません.今回もう少しズームアップし,それぞれの建物立地が分かる地図で空間イメージを掴んでいきましょう.ここでは、渋谷駅周辺を対象として,具体的に地域名称の空間イメージにどのようなばらつきがあるのかを分析します.

2.方法と利用データ

 建物名称について,出来る範囲で名称を捕捉したいので,「渋谷」であれば「渋谷」,「シブヤ」,「しぶや」,「shibuya」と4パターンのいずれかの地域名称のつく建物を捕捉しました.前回の分析と同様に,対象町名から1.5km圏内の建物を対象としました.
 建物名称は、ゼンリン住宅地図(Zmap TOWN II、2013/14年度版)から抽出し、基盤となる地図・鉄道路線図などについては、国土数値情報ダウンロードサービスを利用しました.

3.結果

 前回の結果から,渋谷駅周辺にははみ出し率の高い地域名称があり,それと同時に「松濤」,「代官山」等のブランド力のある住宅街も存在します.その様な地域名称のバランスを見るため,「渋谷」,「松濤」,「代官山」,「東」を対象として地域名称のつく建物を可視化しました.


図:地域名称のつく建物のはみ出し率(再掲)

〇渋谷
 まずは渋谷です.この図では,赤線で囲まれている地域が対象町目で,灰色が建物,濃い灰色が対象町目から1.5km圏内の建物です.渋谷という町名は,あくまで渋谷駅の東側の一部の地域なのですね.
 紫色の建物は対象地域名称を持つ建物です.これを見ると,渋谷駅からほぼ同心円状に地域名称をもつ建物が広がっており,道玄坂,宇田川町,桜丘町等は渋谷の地域名称をもつ建物で溢れている様です.しかし,その広がりかたには偏りがあります.例えば,渋谷駅からほど近い松濤にはほとんど渋谷という名称がつく建物がありませんし,桜丘町から南側(代官山町方面)にも同様に渋谷とつく建物が少なくなっています.しかし,渋谷駅からある程度離れているにもかかわらず,南東方面の「東」という地域には渋谷の名称がつく建物が伸びています.
 この傾向を調べるために,続いて松濤,代官山町,東を調べます.


図:「渋谷」のつく建物の空間的広がり

〇松濤
 松濤という名称をもつ建物は松濤内で多く分布しており,少し神山町にはみ出しています.JR線,地下鉄,私鉄のハブ駅である渋谷という地域名称に影響されることなく,対象地域内でその地域名称を誇示しています.松濤は古くからの高級住宅街であるため,渋谷という地域名称に影響されずに上手くすみわけが出来ているのかも知れませんね.


図:「松濤」のつく建物の空間的広がり

〇代官山
 代官山は,その地域内で地域名称のつく建物が多いのはもちろんのこと,猿楽町,鉢山町,鶯谷町,恵比寿西にもはみ出しています.先ほどの渋谷の図では,桜丘町で地域名称のつく建物が止まっていたので,鶯谷町を境に代官山の地域イメージが強くなっている様ですね.また,恵比寿西にも代官山のつく建物がはみ出しています.これは恵比寿の地域イメージが恵比寿駅の方に集積しており,恵比寿西まで地域イメージが及んでいないことが考えられます.代官山は住宅地・商業地としてブランドがある地域名称なので,恵比寿西だけでなく,比較的住宅の多い猿楽町などに対しても広がりを持っている様ですね.
 しかし,代官山という名称は,明治通り,渋谷川,山手線の線路を挟んでいるせいか,東の方面にははみ出していません.


図:「代官山」のつく建物の空間的広がり

〇東
 最後に,東です.東という地域名称が建物名につけられることは少なく,地域イメージの形成があまりなされていない傾向にあることが分かります(前回の分析では,はみ出し率が非常に高かったのですが,これは東京,東急,○○東などの名称のつく建物を含んで算出されていたからです).渋谷の地域イメージ図から,東という地域には,相対的にブランド力・知名度のある「渋谷」のイメージが明治通りに沿ってはみ出してきていることが分かります.


図:「東」のつく建物の空間的広がり

4.おわりに

 これまで,「渋谷」,「松濤」,「代官山」,「東」の4町目を対象として,地域名称のつく建物の空間的広がりを見てきました.
 いくつかの地域イメージの形成は住宅系・商業系等の用途によって異なることがわかりました.例えば,松濤のような住宅系では対象町目からのはみ出しが小さいものの,同町目内で,地域名称のつく建物が多くみられる場合がありました.一方,代官山や渋谷のような商業系は対象町目からのはみ出しが大きいことが分かりました.さらに,地域イメージは都市構造に影響を受けることが分かりました.例えば,「渋谷」のつく建物は幹線道路沿いに東まではみ出していました.これは,幹線道路沿いの建物が空間的に遷移せず,渋谷の地域イメージが延長されたと考えられます.また,「代官山」のつく建物は川と幹線道路に挟まれた「東」まではみ出していません.つまり,代官山という地域イメージは川と幹線道路が境界となり,それより東側の地域は異なる地域イメージを形成していることが考えられます.
 皆さんも地域イメージが変わる瞬間を感じながら,まちなかを散歩してみてくださいね.

 最後に,本稿は,東京大学CSIS共同研究(No. 776)による成果です(利用データ: Zmap TOWN II2013/14年度(Shape版)東京都データセット(株式会社ゼンリン提供)).記して,お礼申し上げます.