中山道 奈良井宿のまちなみ 
―街並みの一体感や調和を評価する手がかり―

◆街並みの調和を評価する難しさ
  2005年に景観法が施行され,街並みの調和や一体感について評価する試みがなされている. しかし,街並みの調和や一体感を評価するのは容易でないのが現状である. 街並みは建物の集まりによって構成されるものであり,特定の建物所有者に帰属するものではない. 一方で,建物意匠は建物所有者の好みの表れであり,建築意匠に対して法的な制限を課すことは原則的に不可能である. 街並みの調和や一体感の評価が容易でないのは,個人によって評価が異なり,基準を定めることが困難だからである. 法的に街並みの調和や一体感に関する基準を定めれば,建物所有者の自由である建築意匠に制限を課すことになる.
  発想の転換をしてみよう. 基準を定めることが困難であるならば,建物所有者が自発的に街並みの調和や一体感を意識した建築意匠を選択するよう促せばよいのではないだろうか. 促す方法はいくつか考えられる. 特に,調和や一体感があると認められている街並みを実際に見ることは,促す方法として有効であると考えられる. 本稿では,調和や一体感があると認められていると思われる街並みの例として,奈良井宿の街並みをとり上げる.

◆奈良井宿
  奈良井宿は,長野県塩尻市に存在する中山道の旧宿場町である. 江戸時代以前,中山道で江戸から京に下る際にはいくつかの険しい峠を越えなければならなかった. 江戸から順に碓氷峠,和田峠の次に越えなければならなかった峠が鳥居峠であり,奈良井宿は鳥居峠を越える手前の宿場町として栄えた. その盛況ぶりは,中山道の宿場町の中で他の追随を許さなかったほどである. 今日,宿場町としての役割は終えた. しかし,明治以降大火に遭わなかったことから江戸末期の形式を残した建物が多数存在するため(1 (2,かつての宿場町の雰囲気を色濃く残した街並みを後世に伝えるべく重要伝統的建造物群保存地区に指定されている.

写真0:奈良井宿


◆街並みの調和を評価する手がかり
  奈良井宿の街並みに調和や一体感を与えている要素を探ると,「色彩と材質」「軒高と壁面位置」「屋根勾配」の三つが挙げられる.

◇色彩と材質
  建物の色彩と材質は,街並みの調和や一体感に大きく影響する. 一般的に,建物に使われる色が多くなるほど街並みの調和や一体感を形成することは難しくなる. 写真1のように,奈良井宿にある建物の色彩は黒色,茶色,そして白色である. 街並みの大きな形成要素である建物壁面の材質はほとんど木質である. 目立つところは控えめにし,目立たないところで個性を主張することは,人間だけでなく街並みにも言えることではないだろうか. 色彩への配慮は,建物だけでなく人工物に対しても必要である. とりわけ,自動販売機のように表面積が大きい人工物は目立つ. 一般的に,自動販売機は企業のコーポレートカラーで塗装される. ところが,写真2の中のように,周囲の色彩に調和するよう茶色の塗装が施されれば,人工物である自動販売機も周囲に馴染むことがわかる. ただ,自動販売機が周囲に馴染みすぎてしまい,見逃してしまうことを筆者は経験した. そんなとき,写真2の下にある「煙草」のように,自動販売機が存在することを文字で示すことは有効な手段である.

写真1:建物の色彩と材質





写真2:人工物の色彩(上:自動販売機を正面から見た場合,中:横から見た場合,下:文字で案内する例)

◇軒高と壁面位置
  街並みの調和を図るために建物の壁面位置を制限することは,景観法が定める景観形成基準でも触れている. 写真3のように,沿道の建物の壁面位置が互いに揃っていれば,街並みに連続性が生まれ,街並みは調和するだろう. ところが,写真4のように,建物の壁面位置は互いに揃っている一方で,軒高は必ずしも揃っているとはいえない場合もある. 実際,建築時期の違いによって軒高は異なる. では,写真4の街並みには調和がないのだろうか. これは個人によって判断が異なるであろう. 調和とは異なる評価項目にリズムが存在するとすれば,写真4の街並みにはリズムが存在する. リズムとは,道の奥にいくほど建物高さが一定の割合で減少していることである. 確かに,調和しているとはいえないものの,リズムが存在することで写真3の街並み評価は高まるのではないだろうか.
  また,写真5のように壁面位置が揃っていなくても,軒高が揃っている場合がある. ここで注意したいことは,全ての建物の壁面の位置が互いに異なるのではなく,壁面の位置が異なる二つの建物群が存在するということである. これを調和と見なすかどうかは個人によって判断が異なるであろう. ただ,同じ建物群に含まれる建物の壁面位置と軒高互いに揃っていれば,異なる建物群の壁面位置と軒高が異なっても調和のとれた街並みであるといえるのではないだろうか.

写真3:建物の壁面位置と軒高が互いに同じ街並み


写真4:建物の壁面位置が互いに同じ街並み


写真5:建物の軒高が互いに同じ街並み


◇屋根勾配
  建物の屋根勾配が互いに同じであることは,軒高や壁面位置が等しいことよりも街並みの調和に影響を与えると考えられる. 写真6のように,屋根勾配が互いに同じであれば,建物の軒高や壁面位置が互いに異なっていても調和のとれた街並みであると考えられる. 逆に,建物の軒高や壁面位置が互いに等しくても,屋根勾配が異なれば調和のとれた街並みであるとは言い難いのではないだろうか.
  また,奈良井宿に存在する建物の屋根勾配は10分の3である. この勾配の妥当性を示す根拠の一つとして,背景の山の傾斜との調和が挙げられる. 山の斜面のように,既存の変化させられないものに合わせることは,調和や一体感を高めるための常套手段である.

写真6:建物の屋根勾配が互いに等しい街並み


◆まちなみの調和と画一化
  以上,街並みに調和や一体感を与える3つ要素を挙げたものの,これらの要素をもつ街並みの評価が高いかどうかは議論の余地がある. 調和や一体感を追及しすぎる弊害として,街並みの画一化を招く恐れがある. 建物の色彩は2色で互いに同じ材質とし,軒高,壁面位置,そして屋根勾配は互いに全て等しい街並みを人工的につくった場合,このような街並みは高い評価を得られるだろうか. おそらく,画一的であるという評価がなされるであろう. ここで強調したいことは,色彩にしても軒高,壁面位置,そして屋根勾配にしても,「ばらつき」が必要であるということである. 「ばらつき」とは,建物の色彩の配置や軒高,壁面位置を互いに全て等しくするのではなく,変化を与えることである. 例えば,奈良井宿に存在する建物の軒高は建築時期によって若干異なる.その違いを表1に示す.

表1:建築時期の違いによる軒高の違い(1
建築時期軒高
江戸末期から明治末頃3.6mから4.3m
大正から戦前5mから5.7m
戦後6m以上


建築時期ごとの軒高の最小値と最大値の平均は,江戸末期から明治末頃の場合4m,大正から戦前の場合5.4mである. 戦後の場合は軒高の最大値が不明なので平均を算出していない. このように,古くからある建物の軒高は,平均の前後0.4mの間にばらついていることがわかる. 従って,街並みの画一化を回避するためにも,平均の前後0.4mという「ばらつき」を軒高に与えることは,街並みに適度な調和と変化を与えると考えられる.

参考文献
1. 奈良井宿保存委員会発行,「重要伝統的建造物群保存地区 奈良井宿 町並み 建築 てくてくマップ」.
2. 長野県木曽郡楢川村(1998),「重要伝統的建造物群保存地区選定20周年記念 奈良井 保存のあゆみ」.

(文責:薄井宏行)