写真4をご覧いただきたい.十人町の案内図である.案内図には,道路網に大まかな敷地割り,そして火災時に使用するホース格納庫の位置と災害時避難場所が載っている.案内図の道路の部分を良く見てみると,街区を囲む道路に階段が多数存在することがわかる.このため,十人町一帯の敷地は,階段を上り下りしなければたどり着くことができない.街区を囲む道路からは,写真5のように路地が伸びている.路地は斜面に垂直に伸び,路地沿いには住宅が建ち並ぶ.こうした路地を横に見ながら階段を上り終え,後ろを振り向くと写真6のような風景が目の前に広がる.写真6の風景は写真3の風景と異なる.階段を上るにつれて,眼下に広がる街並みも変化して見える.こうした坂道の風景の変化を楽しむことが,坂のまち長崎の醍醐味ではないだろうか.
既述したように,敷地は原則的に幅員4m以上の道路に2m以上接していなければならない.ところが,十人町の多くの敷地はこの要件を満たしていない.幅員4m以上という要件は,防災上と衛生上の観点から課されているものである.特に,幅員4m以上を確保する防災上の理由として,消防車の通行と延焼防止がある.では,十人町において,幅員4m以上という要件は現実的な要件なのだろうか.平地が限られた長崎市内において,住宅地は斜面に広がった.急勾配の道ゆえ,階段の設置を回避することは困難であったと推察できる.階段の存在は消防車の通行を困難にする.ゆえに,仮に幅員4m以上に拡幅する理由として消防車の通行を挙げることは,階段をなくさない限り現実的ではない.また,幅員4m以上に拡幅するもう一つの理由として延焼防止が挙げられるものの,物理的に延焼を防止する手段は幅員4m以上に拡幅することだけでない.沿道の建物を耐火造にすれば,延焼を防ぐことは可能である.問題は,耐火造化することが幅員4m以上に拡幅することの代替手段になりうるかどうかであろう.
十人町のように,物理的に幅員4m以上に拡幅することが困難であれば,既述した「3項道路」に指定することが可能である.さらに,2004年以降「3項道路」の適用範囲は広がった.趣きのある佇まいや歴史を有する幅員4m未満の2項道路においても「3項道路」に指定することが可能である.十人町をはじめとする坂のまち長崎の魅力を高めている要因の一部には,幅員の狭さや沿道の景観が含まれると考えられる.沿道の景観は,長い年月をかけて形成されたものであり,長い年月が景観に歴史と趣きを与えてきた.問題は,こうした要因を定性的に議論するだけでなく,客観的に評価しその真偽を明確にすることである.残念ながら,客観的に評価する方法は確立されていない.そんな中,「3項道路」の適用実績が多い斜面都市長崎は,趣きのある佇まいや歴史の保全と防災対策の両立を如何に図るか,そして両者の関係を定量的に評価するための手がかりを与えてくれるだろう.

写真3

写真4