銚子外川のまちなみ

◆外川と銚子電鉄
銚子市外川(とかわ)は,JR総武本線銚子駅から南東約3kmに位置する湊町である.JR銚子駅から銚子電気鉄道に乗ること約20分,終点外川駅に到着する.使用されている車輌はどれも年代モノ.四国の伊予鉄道から払い下げを受けた車輌から,かつての営団地下鉄銀座線でオレンジ色を纏っていた車輌まで,動態博物館の如く古い車輌が現役で活躍中だ(写真1).

写真1:銀座線で活躍した車輌


写真2:伊予鉄道で活躍した車輌


◆外川駅
写真3をご覧頂きたい.木造の駅舎に白地の駅名表示板.かつては全国津々浦々で見かけた典型的な木造駅舎も,今日では滅多に見ることのできない貴重なものとなりつつある.施設の近代化に乗り遅れた地方中小私鉄の駅舎は,その「時代遅れ」の雰囲気がかえって個性と魅力を高めているように感じられる.外川駅の駅舎も例外ではない.駅舎はまちの玄関口であり,まちのシンボルでもある.見知らぬまちの駅舎の雰囲気は,駅の改札口の向こう側にある見知らぬまちの雰囲気を予感させる.

写真3:外川駅駅舎の外観


◆外川の街路網とまちなみ
外川は湊町である.それゆえ,まちは全体として海側に表を向けているようだ.外川の街路網の成長パターンを推察すると,海側から斜面を上るように道ができ,斜面方向の道を横につなぐように横丁や路地ができた結果,現在のような格子状街路網が形成されたと考えられる.道路幅員は全体的に狭く,自動車が一台通行するのが精一杯である.

駅の改札口を出たところで,まちの玄関らしきものは見当たらない.外川駅から湊側に向けて歩くと,写真4のような景色が目の前に広がる.坂を下った先には湊がある.目的地がはっきりとしなくても,とりあえず坂を下れば湊があるという期待と安心感が生まれる.

坂を下ると,坂道に直交するように横丁や路地が存在する.前述したように,外川の街路幅員は狭く,幅員が3m未満である場合も珍しくない.幅員の狭さが外川のまちなみに密度の濃さと安心感を与えていると感じられる一方で,地震火災が発生した場合の災害安全性が懸念される.写真5のように,外川のまちには消火栓が何ヶ所かに存在する.注目したいのは,単に消火器が設置してあるだけではなく,近隣住民が書いたと思われる「火事と救急は119」という赤い文字が書かれていることである.一般的に,消火栓は赤色である場合が多い一方で,写真5の消火栓は白地に赤文字である.そこから,近隣住民の防災意識を垣間見ることができるのは気のせいだろうか.

写真4:港を見下ろす景色


写真5:消火栓


外川特有の住宅建築様式が存在するかどうかは定かではない.ところが,外川の住宅を見てみた限りでは,写真6から写真8の建物が他の地域にはない特徴を有する.これらの建物の大きな特徴は,外壁が黒色であることである.また,斜面方向に開口部が取られているのも特徴の一つであり,その要因として陸海風との関係が考えられ興味深い.さらに,2階の階高が1階の階高よりも若干低い傾向にある.これらの住宅建築意匠が外川特有のものであるのかどうかは定かではない.しかし,建築年数の古さから,少なくともこの地域の住宅建築の特徴を継承するものであることは確かである.

写真6:黒壁の住宅


写真7:黒壁の住宅


写真8:黒壁の住宅


写真9:石積による敷地の平地化


住宅建築と敷地は互いに関係深いものである.外川のような斜面敷地において住宅を建てるには,斜面を何らかの方法によって平地化しなければならない.平地化する方法は二つ存在すると考えられる.一つは,斜面を切り取って平地化する方法であり「切り土」という.もう一つは,斜面に土砂を盛って平地化する方法であり「盛り土」という.外川では,写真9のように後者の方法が用いられている傾向にある.比較的大きい石が積み重ねられている様子がわかる.平地化する際に「盛り土」を行った理由は定かでない.理由を推測すれば,日当たりの良さと津波対策が考えられる.湊町という場所柄,干物をつくる家庭が少なくなく,干物をつくるためには日当たりの良さが欠かせないだろう.また,海を臨む場所柄,大地震発生時には津波の襲来が懸念される.少しでも高い場所に家屋を建築したいならば,「盛り土」を選択するだろう.

写真10は,坂道沿いにある雑貨屋である.注目したいのは,軒先の植木である.外川のまちには緑化されている空間が少ない.写真の雑貨屋は比較的緑化部分が多い例である.外川に限らず,緑化スペースを確保することはまちなみの向上に寄与すると考えられる.一方で,緑化スペースが多ければよいというものではない.最適な緑化スペースとその配置に関しては今後取り組まなければならない研究課題である

写真10:雑貨屋軒先の緑化


最後に,外川の将来のまちなみを予感させる住宅について触れることにする.写真11と写真12は,建築年数が比較的新しい住宅である.写真を見る限り,これらの住宅には外川特有と考えられる住宅建築意匠が反映されているとは言えず,典型的なハウスメーカーの建築意匠である.この良し悪しについては敢えて明言しない.しかし,全国津々浦々に存在するハウスメーカーの住宅建築意匠は,それぞれの地域が継承してきた特有の建築意匠を駆逐する.この結末は,まちなみの没個性化だろう.必要なのは,ハウスメーカーの住宅建築意匠の批評ではなく,地域特有の建築意匠を今一度明確にすることだ.デザインコードのような形で資料化されれば,ハウスメーカーによる住宅建築は地域特有の建築意匠を継承したものとなる.

写真11:新しく建てられた住宅


写真12:新しく建てられた住宅


(文責:薄井宏行)