最後に,写真4は,長野県中野市にて撮影した写真である.時期は初秋.川に沿うように道路があり,道に沿って民家が建ち並び,集落を形成する.さらに上ると峠があり,飯綱町の水源地と蕎麦畑がある.麓から集落を仰視すると,集落は点状に分布しているように錯覚する.ところが,実際には地形に沿った道路沿いに,不連続な線状に形成されている.幾筋もの集落を遠くから見ると,点状に分布しているように見えてしまう.
写真4の集落も,一見すると山の辺の景観の様相を呈しているように思われる.前掲した集落との相違点は,平地と山地の境界部というよりも,峠付近の山肌において線状に形成されている点である.
写真4:長野県中野市の集落
◆おわりに 「線状」の論理
山間部の集落が形成する景観には,密度や斜線とは異なったある種の論理に基づく秩序を垣間見る.著者が前掲のような集落を多数訪れた実感に基づく限りでは,「線状」という論理が山間部の集落に秩序を与えているように思われる.市街化区域のように「面状」に展開するのではなく,地形の制約により,「面」から「線」への次元下げを余儀なくされたことが,結果として「秩序」にとって代わった.これが本稿の結論である.
「山の辺」という地形は平地と山地の境界部であり線状である.平地の部分は田畑に充てられ,山地は平地と比較して可住地に適さない.樋口(1993)が指摘するように,山を背にした集落の立地傾向は,広がりのある場所において,背後による所がないと何となく落ち着かないという心理的傾向から生まれた原理であるとともに,可住地としての折衷案という現実的な原理を見出すこともできるだろう.また,山間部の道路を走行していると,交差点はほとんどない.つまり,市街地のように「道路網」ではなく,線状に一本の「道路」が麓から峠まで築かれているわけである.
このように,山間部の集落は線状に形成され,豪雪地帯に特有の住宅様式と屋根の塗色とともに,「ある種の論理」として,山間部の集落が形成する景観に秩序を与えていると考えられる.確かに,和辻の論考に「次元上げ」したところで,長野県北信地方と福島県会津地方の山間部における集落景観を考察するには,「風土」たる多次元ベクトル空間の部分空間に着目すれば十分かもしれない.その一方で,「風土」が「景観」を含む総称という和辻の定義に基づけば,景観という多数の物的構成要素の総称はあまりにも多くの次元で張られたベクトル空間である.このため,風土の一要素として位置づけるためには,今後も研究を続ける必要がある.
景観の「部分空間」を如何に見出し,景観の難題に切り口を見出すか.
◆参考文献
・和辻哲郎,1979,風土 人間学的考察,岩波文庫.
・樋口忠彦,1993,日本の景観 ふるさとの原型,ちくま学芸文庫.
(文責:薄井宏行)