在宅医療とフレイル予防の最前線
医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長 佐々木淳
成熟社会居住研究会では、24時間対応の在宅医療に取り組んでおられる医療法人社団悠翔会の理事長・診療部長である佐々木氏をお招きし、在宅医療と高齢者のフレイル予防についてお話を伺いました。国土交通省住宅局安心居住推進課の石坂課長及び厚生労働省老健局高齢者支援課上野課長補佐、東洋大学水村教授にもご参加いただき、意見交換を行いました。
1. 医療法人社団悠翔会の概要
悠翔会は2006年に設立し、現在、1都3県で10か所の在宅クリニックを展開しています。76名のドクターが、約3,500人の在宅の患者さんを24時間体制で見守っています。毎年800名くらいの方々が亡くなられ、その7割はご自宅でお見送りしています。
在宅医療は総合診療ができないと成立しないので、主治医はプライマリーケア全般に対応しています。各クリニックには、医師、看護師の他、歯科医師、歯科衛生士、管理栄養士、理学療養士などが集まっており、ここから医師と看護師、ドライバーが3人1組で、患者さんのご自宅を1軒1軒回って診察や処置をしています。患者さんの自宅に、1日平均32台、多い日は44台の車で回っていて、昨年は1年間で約33万km走りました。
在宅医療を受ける多くの方々は通院困難な、治癒の見込めない病気や障害とともに人生最後のステージを生きている状況ですので、どこをどう治すというよりも、この状態でどのように生活を続けていくかの支援をしています。最近は病院に長期入院することはできないので、人工呼吸器や中心静脈栄養などをつけた状態で自宅に戻られた方もおられます。今は輸血や抗がん剤、医療用モルヒネ注射、集中的な感染症治療などを在宅で行うことができます。
在宅医療の高齢者の多くは低栄養状態です。低栄養は老衰を早め、誤嚥性肺炎や骨折の原因にもなるので、これを改善して、その人の最大限のポテンシャルを引き出す支援に力を入れています。もう一つのテーマは認知症です。在宅高齢者のおよそ7割は認知機能の低下が見られます。前頭葉の病変が強い方など、一部に精神科医の対応が必要になる方もいますが、認知症の高齢者が穏やかに生活できる環境をつくることが我々の仕事です。
2. 明るい超高齢社会
(1) 人生のフェーズ
一般的に超高齢社会は暗い未来としてイメージされています。これを明るい未来にしたいということが、我々のキーワードです。暗く感じる要因は2つあると考えています。1つは高齢者が増えると、支えなければならない人が増える。その結果、人手・お金・リソースが足りなくなるということ。もう1つは支えられている高齢者が幸せに見えず、自分もこうなるのは嫌だと考えてしまうということ。私たちは、この2つの要因に対して、未来を明るくするアプローチを日々考えています。
人間の身体的機能のピークは20歳で、その後、だんだんと機能は低下していきます。しかしだから絶望するということはありません。私たちの多くは身体機能のピークを越えても楽しく毎日生活しています。その理由の1つは人間の社会的機能と呼ぶべきもので、例えば30代40代になると、社会的に段々と大きな役割を担っていくようになり、生きがいややりがいも歳を重ねるとともに大きくなっていきます。しかし、残念ながらこの社会機能は、定年制度により、多くの方が60歳から65歳にかけてほぼ半強制的に剥奪されます。人間にはもう1つ、精神的機能というものがあります。これは心の成長です。心の成長は生まれたときから徐々に続いて、高齢になっても、仕事を辞めても続きます。認知症になっても前頭葉の機能が全廃しない限り、精神性は保たれると言われていますので、死ぬまで成長は続くといえると思います。
こう考えると、私たちの人生は大きく4つのフェーズに分かれます。1つ目は身体的にも社会的にも精神的にも成長が続く小児期、次に身体機能は低下し始めますが社会的・精神的には充実が続く現役世代、次に身体はまだ元気だけれど社会的役割を剥奪された前期高齢者、最後に身体的にも社会的にも、生きたいように生きられないが心はまだ元気で、そのギャップに苦しんでいる後期高齢者です。
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