【第二部 座談会 】  
19:20〜20:30
       
 

干場:

 在宅ケア5点セットの中に、ショートステイがありますが、デンマークでの位置づけは?また在宅でのショートステイの必要性はどうお考えですか?


松岡:

 在宅でもちこたえるためにショートステイは重要な要素だと考えます。本人がSOSを発した時の緊急用と家庭のレスパイト用、二つの意味合いがあると思いますが、プライエボーリなどにもショートステイ枠が設けられ、認知症(痴呆)高齢者のグループホームにもショートステイがあるものができています。また、コペンハーゲンには、認知症(痴呆)高齢者のためのショートステイ専用の住まいがあります。


干場:

 ショートステイがデンマークではどれくらいあるのですか?

松岡:

 今のところ、把握していません。

 
佐藤隆:

 デンマークでは様々な人がヘルパーをしているようですが、デンマークでのヘルパーの男女の比率は?また、ヘルパーになるための制度は?


松岡:

 ヘルパーの正式な資格としてSSH(社会福祉・保健ヘルパー)というものがあります。かつては看護ヘルパーsygehjaelperというものがありましたが、1991年の教育改革でなくなりました。看護ヘルパーは高齢者を「介護の対象」ととらえていた過去の価値観に基づく専門職制度で、現在50歳以上の女性はこの資格をもつ人が多いです。彼女らの仕事ぶりは「介護職人」といったイメージすらあり、ベッド上での体位交換やトイレ介助などは非常にうまいものです。新しい制度においては、SSHは追加教育を受けてSSA(社会福祉・保健アシスタント)になることもでき、より責任のある仕事ができるようになります。もちろん、看護ヘルパーも追加教育によってSSAになることができます。さらに、看護師になりたいと思った時にも、教育年限が免除されるようになっており、彼ら(SSH、SSA)は在宅、施設、病院などで働くことができます。都会部では、ヘルパーのなり手が少なく、派遣会社からの派遣ヘルパーを職員として組み入れているコムーネ(市)もあります。そのようなところでは男性が多いようですが、夜間巡回などでは安全性の面から男性は重宝されているようでもあります。しかし、現実問題として高齢者には女性が多いので、男性のヘルパーは嫌がられたりする場合もあります。これが郊外のコムーネに行くと、すべて女性のベテラン職員がそろっていたりして、その様子はコムーネによって大きく異なります。


佐藤隆:

 女性と男性で役割の分担は?

松岡:  施設でも在宅でも、圧倒的に女性が多いです。そもそも、1960年代から1990年代にかけて、女性が労働市場に参入しました。その数は60万人から130万人へと増加し、実に70万人の女性がこの30年間で労働市場に参加していったわけです。そのうち13.4万人が公務員になり、その半分が保育に、あとの半分が高齢者福祉の世界に入っていきました。デンマークの戦後の社会変革はまさに女性の生きかたの改革であったということもいえます。一方で、福祉労働市場におけるジェンダーの非対象性の問題も出てくるかとは思いますが、この世界では圧倒的に女性が多いです。私が会った施設長の多くが50歳代の「素敵な」女性でした。

     
広瀬:

 介護を受ける老人にサービスを提供するわけですが、ヘルパーの派遣の量は誰が決めるのでしょうか?


松岡:

 コムーネには「在宅ケア課」と並んで「判定課」というものがあり、サービスを受けられるかどうかは、この判定課の判定専門看護師が自宅を訪問してアセスメントし、行政の立場で、市全体のサービス提供量をコントロールしながら決定していくようになっています。さらに週に何回、どのような時間にどのような内容のサービスを提供するのかという詳細なプランは、行政が決めた時間の枠内でより現場に近いサービス提供グループのリーダーが行っています。しかし、これについても、各コムーネによってそれぞれに異なっています。


   
園田:  デンマークのサービス提供の基本単位はどのくらいですか?
松岡:  サービスの内容によって異なりますが、買い物や洗濯、掃除は一コマ30分が基本だと思います。そして服薬やトイレ介助などは、5分、10分、15分といったようなまさに「分刻み」のスケジュールでこなしています。また、このような「分刻み」のスケジュールだと移動時間も自ずと多くなりますが、高齢者住宅だと集まって住んでいますので移動時間が短縮でき、非常に効率よく地域の中で巡回することができるわけです。
佐藤隆:  ヘルパーは料理をするのですか?
松岡:  ヘルパーは朝食の準備でパンにジャムを塗ったり、コーヒーを入れたりします。しかし、パックにつめた食事の配食サービスがありますので、温かい料理はこれを電子レンジで温めるだけです。ですから、料理といっても簡単で、そのサービス提供のあり方はかなり合理化されています。味気ないといえば味気ないですが、デンマークでは伝統的に配食サービスはこのような形で行われてきました。
園田:

 日本とは、サービスを組み立てる基本単位の考え方が違うのでは?

松岡:  そうですね。日本の介護保険では30分が単位になっていて、訪問看護でも30分が最少単位です。サービス提供が合理化されているデンマークと日本のそれは全くちがいます。インシュリンの注射をするのに30分でも十分ではないと日本の訪問看護師の方は言われますが、制度の持続可能性が問題となっている現在、このあたりの議論を深める必要もあるのではないでしょうか。
入江:

 高齢者住宅が多いから、効率よく回れるのですか?

松岡:

 高齢者住宅は高齢者人口の5%整備されていて、あとは普通の住宅ですが、効率よく巡回できているということは言えると思います。また、日本では高齢者住宅に住んでいたとしても隣同士で別の事業者からサービスが届けられていたりしているケースもあります。

竹内:

 地域リハビリの重要性は?

松岡:

 病院は治療が終わればすぐに退院させます。全てのコムーネで老人保健施設のような中間施設が整備されているわけではありませんが、まずは中間施設で回復期のリハビリを受け、さらに維持期のリハビリは自宅近くのデイセンターが引き受けます。このような形で、生活へのソフトランディングを支援するのです。ところが日本の場合は、病院から老人保健施設に移っても自宅に帰ることができず、さりとて特別養護老人ホームには空きがなく、老健施設にたまってしまって、老人保健施設が施設化してしまっているのではないでしょうか。


竹内:

 日本のデイにはOT、PTがいますが、それらの必要性は?

松岡:

 日本での医療系の通所リハのことを言っておられるのだと思いますが、デンマークのデイセンターは、趣味活動を行うアクティビティハウスの機能、食事をするレストラン機能、地域リハビリの機能が集約しています。そこにはOT、PTがいて生活への復帰のためのリハビリをしてくれる。その際には、「どのように回復したいのか?」といった目標が本人とのコミュニケーションに基づいて設定され、それに向けてリハビリがなされます。これは、地域で最期まで元気に暮らすために非常に重要なことだと思います。


竹内:

 プライエボーリは共用キッチンなどがありますが、認知症(痴呆)グループホームとの違いは?

松岡:

 プライエボーリもグループホームも、在宅ケアを利用して暮らす高齢者住宅(狭義)も、高齢者住宅の一形態です。そんな中でも、プライエボーリやグループホームは「より安心の住まい」「施設的なるもの」として似通っています。どちらにも共用キッチン、共用食堂、共用居間があります。両者の違いをあえて指摘するとすれば、グループホームは一部屋タイプで共用空間を囲むように配列されているものが多いということが言えるのではないでしょうか。もちろん、二部屋タイプのグループホームもあり、高齢者の住まいの種別や区別にデンマーク人はあまりこだわっていない、と言えます。


入澤:

 住まいに問題が生じた場合、改修するのですか?移り住むのですか?

松岡:  改修は大規模になると高価であるのか、あまり見かけないですね。あるとしても、小規模のものが多く、すみ板や手摺をつける程度です。しかし、トイレ介助やベッド移乗にリフトが必要な場合は、床置き式のリフトを持ち込んだり、天井走行リフトを付けたりしています。また、4階に住んでいて歩行困難となった方には、あくまで自己決定が基本ですが、高齢者住宅への住み替えが有力な選択肢のひとつとなります。
     
前原:

 ケア費用は?

松岡:

 施設建設が禁止された1988年の翌年、つまり1989年から無料となりました。しかし、住まいについては家賃が必要です。家賃についても、プライエボーリ、グループホーム、スッピン住宅(狭義の高齢者住宅)、全ておしなべて月額家賃が4000〜5000クローネとなっています。家賃についても、一元化が図られているということができます。また、年金収入しかない高齢者のためには、家賃が全収入の15%を超えないように家賃補助が出るようになっています(1クローネ=約18円)。


 
前原:  運営主体は日本みたいにいくつかあるのでしょうか?
松岡:  施設、在宅を含めて、運営主体は公的セクター一本です。しかし、今「自由選択制」の導入によって、市の認定を受けた民間企業もサービス提供できるようになっています。そして、医療はアムト(県)が、福祉はコムーネ(市)が担当していますので、プライエム、プライエボーリは福祉の分野ですからコムーネ(市)管轄となります。デンマークでは縦割りではなくて、横にうまく連携しています。
 
吉田:
 持ち家と賃貸、デンマークではほとんどが賃貸なのですか?
松岡:  ヘルパーは朝食の準備でパンにジャムを塗ったり、コーヒーを入れたりします。しかし、パックにつめた食事の配食サービスがありますので、温かい料理はこれを電子レンジで温めるだけです。ですから、料理といっても簡単で、そのサービス提供のあり方はかなり合理化されています。味気ないといえば味気ないですが、デンマークでは伝統的に配食サービスはこのような形で行われてきました。
吉田:

 持ち家でリフォームなどをして、在宅ケアを利用して住み続ける人もいますか?

松岡:  もちろん、そういう人もいます。そして、古いままの自宅で暮らし続けたいと自己決定した人にはそこでの暮らしを支援する責任がコムーネにはあります。しかし最近では、虚弱になる前の引っ越し、つまり「早めの引越し」が増えています。「老人二人には住居が広すぎて維持が面倒になる」というようなことをきっかけに、手狭なものに引っ越す人が増えています。気のあう仲間でコ・ハウジングをつくるケースが増えています。高齢者住宅に住むには判定がいりますが、こうした自主的に企画する住まいなら判定の必要がありません。
 
園田:

 日本の都市部では、10万人規模の小都市でも、今どんどん業者や福祉法人が増えています。特に、介護保険以前に参入した人は先行者利益で、この5年間の介護保険で利益を得て、その分でテリトリーや業務を拡大しています。今後、新規参入は厳しいのではないかとも思いますが、サービスの質を確保するために、日本はどうすればいいのでしょうか?

松岡:

 消費者が賢くなるしかないのでは?サービスを見極める目を養う。そうすれば競争原理で淘汰されていくはずです。これからは医療系が伸びていくだろうし、24時間ケアなどを展開しようとすると、ある一定の地域内での事業独占を射程にいれた展開を考えないと、全体として採算がとれないでしょう。要は、きちんとしたサービスを地域で発展させるかどうかは消費者にかかっています。

園田:

 第三者評価のようなものは、デンマークではどうなっているのですか?

松岡:

 デンマークでは申し立て制度があり、それに対しては厳しいです。施設が理事会をもち、サービスが悪いと利用者、地域の政治家から文句を言われます。しかし、デンマークでは不平、不満はあまり聞かないですね。


芦川:

 デンマークのヘルパーは、社会的地位や所得が高いのですか?

松岡:

 決して高くないと思います。

芦川:

 人の嫌がる仕事は報酬が高いと聞きますが?

松岡:

 日本と比べてデンマークの報酬が高いとは思いません。デンマークには発展の教育システムがあります。ヘルパー→アシスタント→OT、PTといったように。

     

護田:

 デンマークのような状況を将来日本で実現できるのでしょうか?

松岡:  その方向性を国民が選択するかどうかだと思いますが、日本では国民が決断することなく政策が決定され、実施に移されていきます。また、自立支援や在宅重視も介護保険に謳われていますが、それは理念であって、決して実践されているとは言えないでしょう。また、デンマークでは地方行政のレベルが高いし、長い歴史の中で地域で人材が育っています。
入江:

 意識論や精神論ではなく、団塊世代は生きる意欲を持たなければなりません。年金をもらう立場として、待っているだけではいけない。何か積極的に仕掛けていきたい。

松岡:

 第一に、男性が台所に立つことです。日常生活の中で料理をすることから始めてはどうでしょうか。でないと、老後が退屈なものとなります。そして女性は働くことによって、家事分担や地域での仕事の分担を自然なものとしていくことが必要です。例えば、住み替えをするとネットワークが途絶えてしまいますが、女性はネットワークづくりもうまい。グループホームを見ても、女性はしっかり楽しんで生活しています。また、地域に元気な高齢者を対象としたアクティビティハウスがあるといいのではないでしょうか。そこでは、高齢者はお客様ではなく、自分達でそのハウスを運営していく主役というような発想で取り組むと、高齢者にとっても新しい役割の創出になるし、介護保険をはじめとする制度の持続継続性という面からも意義が大きいと思います。

   
入江:  「〜してもらう」のではなく、「〜していく」という意識が大事なのでは?
松岡:  全くその通りだと思います。