1 はじめに

 この度、大きく教育課程が変革されました。いわゆる受験学力ではなく、「 “生きる力”に磨きをかけ、しっかりと“根っこ”を育み、持続可能な社会の創り手を育成する」ことが打ち出されました。具体的には、小・中・高校ともに学習指導要領前文で「持続可能な社会の創り手を育成する」という理念が示されました。それと同時に,2015年には国連のサミットで「2015年から2030年までの長期的な開発の指針として、『持続可能な開発のための2030アジェンダ』」が採択されました。この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」17目標をSDGsと呼んでいます。その中の「4.質の高い教育」の目標(すべての人々に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する)が注目されています。さらに2019年の国連で国連加盟各国によるハイレベル政治フォーラム・SDGサミットが開催されて、より一層の「SDGs達成に向けたESD(持続可能な発展にむけた教育)の重要性」について言及されました。家庭科の内容展開においても、そのことを踏まえて構成していくことが求められています。<下図 SDGsのゴールNo.4>




2 現代社会の課題と家庭科の重要性への視点

 現代の社会の課題は、「“外なる自然”の破壊と、“内なる自然”の破壊である」ととらえています。“外なる自然”の破壊とは現代の地球環境の危機的状況のことです。さらに“内なる自然”の破壊とは神谷恵美子さんが述べていることにヒントを得て(*参考文献)人間性の解体ととらえています。今の社会は効率化重視の社会システムによって「分断化」が進み、生活世界から全体性が失われ、地域社会での人間関係の希薄化は自然体験や生活体験、社会体験の不足をまねき、五感の衰退により、あふれる「情報の波」に浮遊している状況にあるといえます。さらに地球環境の危機的状況の裏には、グローバル化や高度情報化があると考えられています。
 私たちの暮らしは、人と人、人ともの・こと、人と空間、人と環境(自然環境,文化環境,社会環境)などと「かかわり」「つながり」があって成り立っています。家庭科は、そうした「かかわり」「つながり」を日々の生活の中での実践・体験から気づき、感じ、共感し、多様な人々と共に安全に安心して、健康に暮らしたいという思いや願いを「かたち」にして、「生きる力」を育み、暮らしをより豊かに魅力的につくる力をつけていく教科です。
 今日の地球環境問題は環境・経済・社会が相互に依存関係にあり、一企業内や産業界、地域内における対処療法だけでは解決できない側面をもち、多様な主体やセクターが連携し、「未来のビジョン」を共有し、「未来へのシナリオ」を構築していかなければならないといえます。危機的な状況にある環境問題に緊急に対処しなければならないという認識を共有し、一人ひとりが、さらに多様なセクターがかけがえのない人類共通の財産である地球環境を保全し、次の世代に良好な環境や資源を引き継いでいく責任を自覚していくことが求められているのです。私たちの生活は「持続不可能」になりつつあります。
 そこで家庭科を学ぶことは「生き方」を学ぶこととしてとらえ、どのように生きていくかを学び、考え、実践するプロセスを通して豊かな人生を構築していく教科としてとらえています。さらに人と人とのつながりを大事にし、人々が支え合う「共に生きる社会」をつくるために、自律・自立の精神としての「人間性」を涵養して自己が確立できるように、生徒一人ひとりが自らの人生観、価値観を構築して、生活の多様な場面での意思決定とその決定の社会へ与える影響とその責任を自覚させる内容と方法で展開していかなければならないと考えています。
 具体的には「実際の社会や生活で生きて働く知識及び技能の習得」、「未知の状況にも対応できる思考力、判断力、表現力などの育成」、「学んだことを人生や社会に生かそうとする学びに向かう力、人間性などの涵養」と学習指導要領で述べられていることを基底において展開しています。まさに家庭科の本髄が示されているのです。
 すなわち学び手自身の骨格をつくり、網の目ように人・もの・ことはつながっていること、そのことから家庭科は「生活の哲学」を構築していく教科として展開していく教科ともいえます。
 さらに現代の高度情報社会においては、理性的な判断力や合理的な精神だけでなく,美しいものに感動する「柔らかな感性」や、正義感、公正さを重んじる心、生命を大切にする人権尊重などの基本的な倫理観が重要な視点で、家庭科においては「何を学ぶか」だけではなく「どう学ぶか」がとても重要な「問い」になります。自然との共生による日本の暮らし方と積み上げてきた文化の視点からも「真の豊かさ」を科学的に探究していくプロセスを重視した展開として内容とその方法を構成し、豊かな人生を構築していく道筋が明確になるように構成して展開していくことが求められています。



3 生活を創造する能力としての「根っこを育む」家庭科

 児童・生徒たちの思考力や洞察力を育てるためには、まず、「気付き」の力が基盤に不可欠です。特に家庭科は、実践・体験を通して「気付き」、「実践」し、おかしいことは変えてみる、良いことは取り入れていく、というプロセスを通してものごとをつなげて考え・行動していくことができる教科です。世界や社会での出来事も,常に自分に戻して考えていくことができる力をつけてほしいと考えています。「なぜ」食べるのか、「なぜ」着るのか、「どのように食べるのか」「どのように住むのか」という発想を教科書策定の方々と議論し、ウェビングを使って構成しています。「なぜ?」という「問い」から始めたのは,これからの時代は自分の頭で考え、価値観を変容させ、そして行動変容へと変革していく力が求められているからです。
 私たちの生活を成り立たせている原理は、科学的な根拠があります。例えば、住まいを考えたときに、北国の住居と南国の住居はつくり方が全く違います。風土や環境の違いから,合理的に考えられてきたものです。原理を客観的に、科学的根拠を持って判断する、実践して理解していくことが必要なのです。
 さらに日本の暮らしを広い意味で文化として捉えると、どうして他の国と違うのかということも考えていかなければなりません。それぞれの地域性や風土性の異なる中で私たちは、地域の営みや文化、生業もつくりあげてきました。例えば、食生活の彩りである山の恵みの山菜も、身近なところにあるものを彩りとして生活の中に取り入れて長いあいだ受け継がれています。日本の気候風土に合うように季節の食材の彩りや盛り付けが生活の器にも活かされています。芸術作品や建築などにも日本の文化と気候風土とは切り離せないものがあります。客体として自然を見るのではなく、私たちが主体として、風土や季節との関係をつくってきたからこそ見えてくると思います。そこを表現できるのは、衣食住であり、暮らしという日常生活です。
 新学習指導要領でも伝統文化が取り入れられていますが、伝統文化も特別なことをするのではなくて、生活を豊かにする基盤として取り入れていくこと、それが家庭科でできるということに気づく必要があります。さらに個人が社会とつながっているということも意識して展開する必要があります。自分の健康と幸せを設計していくのは、まず「当事者」としての自分を確立すること、さらに自分だけでできないこともあるから、社会の仕組みをどうつくるかも考えていく必要があります。
 学ぶことは「なぜ」「どうして」と「問う」ことと述べてきました。そしてこの「問い」を深めていくと、ものごとは繋がって暮らしが成り立っていることに気付きます。「人と人、人ともの、人とこと」との関係性に気付き、現在の状態を知り、未来を展望し、ビジョンを構築していくという視点の展開も必要です。
 樹木は「土」に「根っこ」をはっているからこそ、幹を伸ばし、枝を張り、葉っぱをつけることにつながっています。こうした実践を通して思考力や判断力、表現力を育み、そして、小・中学生と高校生には生活を楽しむ力や幸せをつかみ取る力をつけてもらいたいと、さらに家庭科を学んで持続可能な未来社会への「責任ある行動や態度」がとれる資質・能力を培って欲しいと願っています。
 さらに高等学校の家庭科では、「生活を創造する能力」すなわち「多文化共生社会をめざす中で、個人・家族の生活を展望し、家庭生活や市民生活を創るために必要な資質・能力」をつけていくことが求められています。このことは、人と社会,自然との「かかわり」「つながり」を認識できる学びを通して、真の豊かな「生活の質」が何かを探り、よりよい市民生活を醸成するための生活観を確立し、現代の生活の諸問題を引き起こしている諸要素の連関性を批判的に分析し、適切な消費の選択のための意思決定能力やライフスタイルを変革していくための市民的資質を自ら確立していくことといえます。

 本論考を通して児童・生徒たちと共に指導者の方々が手にとって「主体的に対話型で深い」学びにつなげ、「共に学び合う」過程を通して「豊かな暮らし」を構築していくことを期待しています。




 

*参考文献
神谷恵美子著作集2『人間をみつめて』みすず書房