安全保障住宅の話

私達が1990年に「環境共生住宅」の研究・開発・実践に取り組み始めて以来、ほぼ四半世紀が経ちました。その間に阪神・淡路大震災(1995)や東日本大震災(2011)等の悲惨な自然災害を経験しました。これらを重い教訓として、環境に配慮した住まい・まちづくりを考える際に、平時だけではない一連の時間の流れの中で考えるべきことを痛感しました。 緒方貞子さんは国連在任中の難民高等弁務官時代に、戦争やテロで奪われた人間の安全について議論し救済するための「人間の安全保障委員会」を指揮されました。そこで掲げられた「人間の安全保障」という概念は、家やまちをつくる我々にも深く関わる、そう日頃から思ってきました。


図1 近年の世界の主な自然災害

図1は1990年以降の世界の主な自然災害で死者数が5,000人を超すものを示しています。阪神・淡路大震災で約6,500人、東日本大震災では不明者を含めて約2万人。ところが不幸なことに、インドネシアのスマトラ島の地震や2010年のハイチの地震ではM7.1程度の地震で22万人に上ります。このように、地球規模で眺めると巨大な自然災害がいたるところで起きており、その原因も地震、ハリケーンや台風等様々です。また、アジアの主な自然災害(1990年以降)で死者数1,000人以上のものを整理してみると、図2の通りです。


図2 アジアの主な自然災害


そして、風光明媚な日本は、それ故に災害大国です(図3)。2000年以降、世界中で起こる地震の2割近くが日本および近海で起きているのです。すなわち、我々が通常平時として認識している時間帯は、むしろ頻繁に発生する災害と災害の間に過ぎなく、その狭間で我々は一見安全に暮らしていると言うべきです。従って、長期に亘って持続可能な住まい・まちづくりを考えるのであれば、対症療法的な取り組みでは基本的に極めて不十分です。 ところで、東日本大震災の被害の特徴は、その直後の津波や原発の放射能による被害も加わり、大変広域にそして長期に及んだことです。従って、都市や地域によって事情が質・量ともに異なるために、その復興ソリューションも異なることです。津波の被害にしても、大規模な津波で繰り返し浸水した歴史があり、それも数十年の間隔で起きたことがわかります。問題なのは、災害ごとに克明な調査が行われ優れた報告書が残っていても、それがその後の政策や我々の営みに活かされない、そして当事者以外は忘れ去りまた悲劇が繰り返されます。

図3 日本の主な自然災害


図4は家庭内における1年間の不慮の事故死の実態(2011年)を示しています。その数は実に1万6,722人。交通事故による死亡者数(24時間以内)は4,663人だから、その約3倍に上る人々が、安全であるはずの住宅の中で亡くなっています。「自然災害」と比較しても、これは「日常災害」とも言うべき深刻な状況です。具体的には、家庭内で亡くなる方の不慮の事故で最も多い原因が湯船での溺死で約4,000人、高齢者がその8割から9割を占めています。その主原因は住宅内のヒートショックと言われています。いずれにしても、これだけ多くの人が安全であるべき住宅の中で亡くなっていることに愕然とします。

図4 家庭内の不良の事故死の実態


こうして「自然災害」や「日常災害」に目を向けると、我々は常時災害に直面していることが分かります。それを前提として、どのように家をつくり、まちをつくるべきなのか。BCP(Business Continuity Plan:業務継続計画)とは、災害や危機が発生した後に、業務をどのように継続していけるのかを、あらかじめ様々な状況を想定して計画しておくことです。この「ビジネス」を「ライフ」に置き換え、LCP(Life Continuity Plan:生活持続計画)を考えたいと思います(図5)。

図5 LCP生活持続計画


まず、取り組みの「時間の流れ」と「対象」の全体像を把握するために、それらを基軸とする基本フレームを考えます。横軸がスケールに応じた「対象」で、<戸建て住宅>、<集合住宅>、<地区>、<地域>と徐々に拡大していく。一方、縦軸が時間の流れで、<災害時>、<災害後>、<平常時>と連続し、繰り返してゆく。
まず<災害時>で右往左往し、その直後から、時系列で問題の質と量が徐々に変化します。まずは避難、そしてエネルギー、上下水などのインフラの復興や仮設住宅の問題を含め、当事者は目の前に山積する深刻な課題に日夜忙殺されます。しかし、それが頻繁に起こりうる国土で生きる我々にしてみれば、対症療法的に取り組むのではなく、住まい・まちづくりがそもそもこうした事態の可能性を織り込んで考えるべきです。このLCPフレームでは、縦の時間軸に沿って様々なハード(黒丸)とソフト(白丸)を含めた取り組みの項目を掲げました。我が国では災害の種類も多く、火災、風害、水害、水害(津波、洪水、雪害)、土砂災害など応じて、様々な技術を駆使しなければなりません。 それらの項目を、場所性に応じてどのようなプライオリティを構築し、計画として具体化していくべきなのか、それが基本フレームを整理してみるとよく分かります。戸建て住宅、集合住宅、地区、地域のそれぞれのレベルに係る主体によって取り組み方が異なります。このフレームの向こうに、プランナー、設計者、住人、行政、町内会など、様々なステークホルダーがどのように主導権を持ち、あるいは連携して取り組んでいくべきかが見えてくるでしょう。
<災害後>に関しては、大項目を生活インフラと食糧に分けてみました。生活インフラにはさらにエネルギー源、エネルギー利用、上水、下水、トイレ、交通、情報・ICTがあります。それぞれの項目で我々が既に手にしている技術、これから手にしようとしている技術がありますが、なかにはこれまであまり注目されてこなかった要素も含まれます。

時間が過ぎて数年、十年も経つと、当事者以外は起こったことを徐々に忘れ、そして<平常時>に入ってゆきます。この段階での取り組みにはすでに膨大な蓄積があり、長年「環境共生住宅」の研究開発で培ってきた身体の健康、身体の安全、心の健康、心の安らぎ、防犯、維持・育成管理、定期診断・評価などの項目を挙げてみました。
ここで描いた基本フレームは総合的な全体像であり、実際にはこれをベースにして各地域の特性を反映・カスタマイズした計画フレームを作成する作業が必要となることは言うまでもありません。




以上の考え方をまとめて、2012年8月に「安全保障住宅をつくる」(創樹社刊)という本を出しました。その中には、3.11以降生活者の意識がどのように変わったのか、様々な調査をもとにまとめられています。「安全」「長持ち」が商品やサービスのポイントになってきたこと。生活のなかで「メリハリ志向」や「絆」を大切にしたいなどが震災を通じて強くなったことが示されています。また当然のことながら、従前に実施した調査結果に比べて、明らかに防災への意識が高まり、住まいに対する安全・安心に対する重要性が再認識されるようになりました 。
住まいの技術に関しても、構造や地盤に関心を持つ人が増えています。液状化の被害があった浦安市でも、被害の状況は実に様々でした。そもそも大金を住まいに投資する人が、地盤のことを調べないことが不思議です。一方、そうした土地に係る基本的情報が正しく提供されていないことも問題です。そこに関心を持つ人が増え、耐震補強工事を実施するケースも確実に増えています。また、省エネや自然エネルギーの利用についても、エネルギーの自立性の必要性から意識が変わり関心が高まりつつあるとこも示されています。それと関連して「スマートグリッド」についても、電力供給の不透明な現状を反映して、太陽光発電や家庭用蓄電池と連動して今後導入したいと思う人が増えています。
上述した日常災害に対しては、「健康維持増進技術」の研究が進んでいます。化学物質問題はずいぶん改善されましたが、既存住宅でのヒートショックの改善をはじめ、まだまだ課題が多いのが実情です。
さらに、人間関係を再認識する人が増加していることは注目すべきです。震災後の助け合いの場を見るにつけ、家族が大事、絆が大事だと思う人が増えました。つまり我々はハイテクだけでは処理できない、人間と人間の関係をどうデザインしていくのかが問われているのではないでしょうか。それは「環境共生住宅」が初期の段階から指摘してきたことです。平時のおつきあいや人のつながりが、いかに非常時に重要か、それを痛いほど体験したのですから。

このように全体を俯瞰してみると、関連する一連の技術の殆どを我々は手にしているかに見えます。しかし、いかに地域の特性に合わせて最善の解を発見し、まとめ上げてゆけるかが問われているのです。四半世紀を過ぎようとしている「環境共生住宅」の新たな役割について、我々は時代の要請と人の命に寄り添いながら、考え実践することが求められているのではないでしょうか。「安全保障住宅」という視点はそのことを教えてくれます。